SaaSビジネスでは顧客の継続率が収益を左右する
B2B SaaS企業を経営・運営していると、「せっかく獲得した顧客が次々と解約してしまう」「アップセルがうまく進まない」といった課題に直面することがあります。サブスクリプションモデルでは、新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客の継続率が売上に大きく影響します。
そこで重要になるのが「カスタマーサクセス」です。顧客が自社のSaaSを使って成功体験を得られるよう能動的に支援することで、解約を防ぎ、LTV(顧客生涯価値)を最大化できます。
この記事では、SaaSビジネスにおけるカスタマーサクセスの重要性と、具体的な施策(オンボーディング設計、ヘルススコア管理、チャーン防止、アップセル・クロスセル)、KPI設定、組織構築について解説します。
この記事のポイント:
- SaaSビジネスでは解約率がわずか数%違うだけで、20年後の売上に5倍の差がつく
- カスタマーサクセスは顧客の成功を先回りして支援する能動的な役割(サポートとは異なる)
- 2024年調査では61%が効果を実感し、取り組み企業は新規顧客数・売上が6割以上増加
- タッチモデル構築やヘルススコア管理が解約防止とアップセルに直結
- カスタマーサクセスツールは4タイプあり、自社の課題に合わせて選定することが重要
SaaSビジネスでカスタマーサクセスが必須となった背景
(1) サブスクリプションモデルの普及と解約リスク
SaaSビジネスでは、買い切り型ではなく月額・年額のサブスクリプションモデルが主流です。顧客は必要な時に必要なだけサービスを利用し、不要になればいつでも解約できます。
そのため、新規顧客を獲得するだけでは収益は安定しません。既存顧客の継続率を高め、リファラル(紹介)、バイラル(口コミ拡散)、アップセル(上位プラン提案)、クロスセル(関連サービス提案)につなげることが必要です。
(2) LTV最大化の重要性(解約率が売上に与える影響)
LTV(Life Time Value / 顧客生涯価値)とは、一人の顧客が生涯を通じて企業にもたらす利益の総額です。SaaSビジネスでは、LTVを最大化するためにチャーンレート(解約率)を引き下げることが重要です。
具体的な数値で見ると、解約率3%と25%では、20年後の売上に5倍の差がつくというデータがあります(Salesforce調査)。わずか数%の解約率の違いが、長期的には大きな収益差を生むのです。
(3) カスタマーサクセスの認知度・導入状況(2024年調査)
カスタマーサクセスの重要性は、日本国内でも急速に認知されています。2024年のユニリタ調査によると、認知度は8割超を達成し、61%が効果を実感しています(直近3年間で最も高い割合)。
また、バーチャレクス・コンサルティングの2024年調査では、効果を感じている層の44.3%がタッチモデル(顧客ごとに最適化された接点)を構築済みであり、顧客ごとに最適化された接点の構築が売上・顧客満足向上に直結することが示されています。
カスタマーサクセスの基礎知識
(1) カスタマーサクセスとは(定義と目的)
カスタマーサクセスとは、顧客が自社のプロダクト・サービスを利用することで成功や望ましい結果を出せるよう能動的に支援する役割です。
具体的には、顧客の定着率向上やサービスの解約率低下に大きく影響し、既存顧客の継続率を上げ、リファラル、バイラル、アップセル、クロスセルにつなげることが目的です。
(2) カスタマーサポートとの違い(能動的 vs 受動的)
カスタマーサクセスとカスタマーサポートは、しばしば混同されますが、役割は大きく異なります。
カスタマーサポート:
- 顧客からの問い合わせに対応し、不満や課題、疑問を解決する受動的な役割
- 顧客が困ったときに対応する(待ちの姿勢)
カスタマーサクセス:
- 顧客が期待する成果を実現するために先回りして支援を行う能動的な役割
- 顧客が困る前に必要な情報や支援を提供する(攻めの姿勢)
カスタマーサクセスは、顧客が成功体験を得られるよう、先回りして能動的に働きかけることが本質です。
(3) カスタマーサクセスが担う役割と業務内容
カスタマーサクセスチームが担う主な業務内容は以下の通りです。
主要業務:
- オンボーディング支援: 新規顧客が早期にサービスを使いこなせるよう、初期設定や運用立ち上げを支援
- ヘルススコア管理: 顧客の利用頻度や行動をスコア化し、解約リスクを早期に発見
- 定期的なコミュニケーション: 顧客の課題をヒアリングし、解決策を提案
- アップセル・クロスセル提案: 顧客の成長に合わせて上位プランや関連サービスを提案
- フィードバック収集: 顧客の声をプロダクト改善に反映
SaaS特有のカスタマーサクセス戦略
(1) オンボーディング設計(初期定着率向上)
SaaSビジネスでは、契約後の初期段階で顧客がサービスを使いこなせるかどうかが、継続率に大きく影響します。そのため、オンボーディング(導入支援)の設計が重要です。
効果的なオンボーディング施策:
- 初回ログイン時のチュートリアル提供
- 初期設定を代行するコンシェルジュサービス
- 導入後1週間・1ヶ月などの定期的なフォローアップ連絡
- 成功事例や活用方法を紹介するウェビナー開催
(2) ヘルススコア管理(解約リスクの早期発見)
ヘルススコアとは、顧客の利用頻度や行動をスコア化し、解約リスクを可視化する指標です。カスタマーサクセスツールを活用すると、顧客の利用状況をリアルタイムで把握できます。
ヘルススコアの評価項目例:
- ログイン頻度(週に何回アクセスしているか)
- 機能の利用状況(主要機能を使っているか)
- サポート問い合わせの頻度(トラブルが多発していないか)
- 契約更新日までの残日数
スコアが低下した顧客に対して、早期にフォローアップすることで、解約を未然に防ぐことができます。
(3) タッチモデル構築(顧客ごとの最適接点)
タッチモデルとは、顧客ごとに最適化された接点(コミュニケーション方法・頻度)を設計するモデルです。
2024年の調査では、効果を感じている層の44.3%がタッチモデルを構築済みであり、顧客ごとに最適化された接点の構築が成果に直結することが明らかになっています。
タッチモデルの分類例:
- ハイタッチ: 大企業・高額契約顧客に対して、専任担当者が定期的に訪問・オンライン面談
- ロータッチ: 中小企業に対して、メール・ウェビナー・コミュニティでフォロー
- テックタッチ: 小規模顧客に対して、自動化されたメール・アプリ内通知で支援
顧客の規模や契約金額に応じて、最適な接点を設計することが重要です。
(4) アップセル・クロスセルの実践
カスタマーサクセスは、顧客の成功を支援する中で、自然な形でアップセルやクロスセルを提案します。
効果的なアップセル・クロスセルのタイミング:
- 顧客の利用状況が上位プランの利用制限に近づいた時
- 顧客のビジネスが成長し、より高度な機能が必要になった時
- 顧客が新しい課題を抱えており、関連サービスで解決できる時
押し売りではなく、顧客の成功に必要な提案として行うことが重要です。
カスタマーサクセスの組織構築とKPI設定
(1) カスタマーサクセスチームの体制づくり
カスタマーサクセスを組織として機能させるには、専任チームの構築が必要です。
体制例:
- CS責任者(CSM Manager): カスタマーサクセス戦略の立案・KPI管理
- カスタマーサクセスマネージャー(CSM): 個別顧客の担当・オンボーディング・アップセル提案
- カスタマーサポート: 問い合わせ対応(CSと連携)
ただし、2024年調査では「コスト、効果、人材」が3K課題として指摘されており、カスタマーサクセス専門人材の不足が課題となっています。まずは既存メンバーの兼任からスタートし、徐々に専任化していくのが現実的です。
(2) 主要KPI(チャーンレート、LTV、NPS等)
カスタマーサクセスの成果を測定するための主要KPIは以下の通りです。
主要KPI:
- チャーンレート(解約率): 月次・年次の解約率を追跡
- LTV(顧客生涯価値): 顧客一人あたりの累計売上
- NPS(Net Promoter Score): 顧客満足度・推奨意向
- オンボーディング完了率: 新規顧客が初期設定を完了した割合
- アップセル率・クロスセル率: 既存顧客からの追加売上
これらのKPIを定期的にモニタリングし、改善施策を実施することが重要です。
(3) 成功事例に学ぶ運用ポイント(SmartHR等)
国内SaaS企業の成功事例として、SmartHRは99.5%の継続率を達成しています(TechTouch調査)。
成功事例から学ぶポイント:
- 初期段階から徹底したオンボーディング支援を実施
- 顧客の利用状況を可視化し、リスクを早期に発見
- 顧客の声をプロダクト改善に迅速に反映
- コミュニティやユーザー会を通じた顧客間の交流促進
これらの施策を参考に、自社に合った運用方法を構築することが推奨されます。
カスタマーサクセスツールの選定と活用
(1) カスタマーサクセスツールの4タイプ
カスタマーサクセスツールは、大きく4タイプに分類されます(ASPIC調査)。
4タイプ:
- コミュニティ構築型: 顧客同士の交流を促進するコミュニティプラットフォーム
- 顧客状況把握型: ヘルススコア機能により顧客の利用状況をリアルタイムで可視化
- 利用案内型: アプリ内ガイドやチュートリアルを提供し、顧客の自走を支援
- 問い合わせ対応効率化型: チャットボットやFAQシステムで問い合わせ対応を効率化
自社の課題に応じて、最適なタイプのツールを選定することが重要です。
(2) 主要ツールの機能比較(ヘルススコア、コミュニティ構築等)
カスタマーサクセスツールは複数の製品があり、機能や料金が異なります。ITreview調査では、2025年時点で25製品が比較されています。
主要機能の比較ポイント:
- ヘルススコア機能: 顧客の利用状況を自動的にスコア化し、リスクを可視化
- セグメント分類: 顧客を規模・業種・利用状況で分類し、最適なタッチモデルを適用
- 自動化機能: オンボーディングメールやリマインド通知を自動配信
- 分析・レポート機能: チャーンレート、LTV、NPS等のKPIをダッシュボードで可視化
複数のツールを比較し、無料トライアルで実際に試してから導入を決定するのが推奨されます。
(3) ツール導入時の注意点(コスト・効果測定)
カスタマーサクセスツールの導入には、コストと効果のバランスを考慮することが重要です。
注意点:
- 導入コスト: ツールにより月額数万円〜数十万円。機能により変動するため、自社の予算を明確にする
- 運用コスト: ツールを導入するだけでなく、運用担当者の工数も考慮する
- 効果測定: 導入後のチャーンレート改善やLTV向上を定量的に測定し、投資対効果を確認する
ツール導入だけで満足せず、実際の顧客との関係構築がおろそかにならないよう注意が必要です。
※ツールの仕様や料金は更新される可能性があるため、最新情報は各社公式サイトをご確認ください。(この記事は2024年11月時点の情報です)
まとめ:自社に合ったカスタマーサクセスの始め方
SaaSビジネスでは、カスタマーサクセスが解約防止とLTV最大化の鍵となります。解約率がわずか数%違うだけで、長期的には大きな収益差が生まれるため、早期に取り組むことが重要です。
この記事のポイントを振り返ると:
- カスタマーサクセスは顧客の成功を先回りして支援する能動的な役割
- オンボーディング設計、ヘルススコア管理、タッチモデル構築が解約防止に直結
- 2024年調査では61%が効果を実感し、取り組み企業は新規顧客数・売上が6割以上増加
- カスタマーサクセスツールは4タイプあり、自社の課題に合わせて選定することが重要
次のアクション:
- 自社の解約率(チャーンレート)とLTVを現状把握する
- オンボーディングプロセスを見直し、初期定着率を向上させる施策を検討する
- ヘルススコアの評価項目を設計し、解約リスクの早期発見体制を整える
- カスタマーサクセスツールの無料トライアルで実際に操作性を試す
自社に合ったカスタマーサクセス戦略で、顧客の成功とビジネスの成長を両立させましょう。
