チャーンがSaaSビジネスで重要な理由
SaaSやサブスクリプションビジネスを運営しているけれど、解約が止まらない...そんな悩みを抱えている経営者やカスタマーサクセス担当者は少なくありません。
実は、新規顧客の獲得は既存顧客維持の5倍のコストがかかると言われています。つまり、解約を防ぐことは、新規顧客獲得と同等かそれ以上に重要な経営課題です。
この記事では、チャーン(解約)の基本概念から、カスタマーチャーンとレベニューチャーンの違い、計算方法、業界別の目安、改善施策まで、実務で役立つ知識を体系的に解説します。
この記事のポイント:
- チャーンとは顧客が継続利用を前提としたサービスを解約すること、チャーンレートは解約率を示す指標
- カスタマーチャーン(何人が離脱)とレベニューチャーン(いくら失った)は必ず両方を併用して観測する
- BtoBは月間3-5%、BtoCは月間5-7%が目安(2022年データ)
- 新規顧客獲得は既存顧客維持の5倍のコストがかかるため、チャーン防止が最優先
- オンボーディング改善、契約後フォロー、機械学習によるリスクスコアリングが効果的な施策
チャーンの基礎知識
(1) チャーンとチャーンレートの定義
**チャーン(Churn)**とは、顧客が継続利用を前提としたサービスを解約することです。
語源: 英語の「churn(かき混ぜる、激しく動く)」に由来し、乗り換えを繰り返す移り気なユーザーによる解約という意味を持ちます。
使用される文脈:
- SaaSビジネス(クラウド型ソフトウェア)
- サブスクリプションビジネス(月額・年額制のサービス)
- 通信キャリア、ストリーミングサービス、オンラインサロン等
**チャーンレート(Churn Rate)**とは、一定期間内の解約率を示す指標です。
例:
- 月初に100社の顧客がいて、月末に5社が解約した場合、月次チャーンレートは5%
チャーンレートはSaaS・サブスクリプションビジネスの最重要KPI(重要業績評価指標)の1つであり、2025年も引き続き注目されています。
(出典: Cloud Circus「チャーン(churn)とは?カスタマーサクセスに必須の指標、その意味と計算方法について」)
(2) カスタマーチャーンとレベニューチャーンの違い
チャーンには、2つの重要な指標があります。
カスタマーチャーン(Customer Churn)
「何人」の顧客が離脱したかを示す指標です。
特徴:
- 顧客数ベースで計算
- すべての顧客を同等に扱う(契約金額の大小は考慮しない)
- 顧客全体の離脱傾向を把握するのに有効
レベニューチャーン(Revenue Churn)
「いくら」の収益を失ったかを示す指標です。
特徴:
- 収益ベースで計算
- 契約金額の大きい顧客の離脱が大きく反映される
- 事業インパクトを直接的に把握できる
なぜ両方を併用する必要があるのか?
同じ1件の解約でも、事業インパクトは大きく異なります。
例:
- ケース1: 月額5,000円の個人契約が10件解約 → カスタマーチャーン10件、レベニューチャーン5万円
- ケース2: 月額50万円のエンタープライズ契約が1件解約 → カスタマーチャーン1件、レベニューチャーン50万円
カスタマーチャーンだけを見ると、ケース1の方が深刻に見えますが、レベニューチャーンで見ると、ケース2の方が事業インパクトが大きいことが分かります。
そのため、カスタマーチャーンとレベニューチャーンは必ず両方を併用して観測する必要があります。
(出典: Baremetrics「カスタマーチャーンとレベニューチャーンの違い」)
チャーンレートの計算方法と目安
(1) カスタマーチャーンレートの計算式
カスタマーチャーンレート(Customer Churn Rate)は、以下の計算式で求められます。
計算式:
カスタマーチャーンレート = 今月解約された顧客数 ÷ 前月の顧客数 × 100
計算例:
前提条件:
- 前月の顧客数: 100社
- 今月解約された顧客数: 5社
計算:
カスタマーチャーンレート = 5社 ÷ 100社 × 100 = 5%
月次チャーンレートは5%となります。
年間チャーンレートへの換算:
月次チャーンレートが5%の場合、年間では約46%の顧客が離脱することになります。
計算式:
年間チャーンレート = 1 - (1 - 月次チャーンレート) ^ 12
年間チャーンレート = 1 - (1 - 0.05) ^ 12 = 1 - 0.5404 = 0.4596 = 約46%
月次では「たった5%」に見えても、年間では半分近くの顧客が入れ替わってしまいます。
(出典: Zendesk「チャーンレート(解約率)とは? 定義・計算・改善」)
(2) レベニューチャーンレートの計算式
レベニューチャーンレート(Revenue Churn Rate)は、収益ベースで計算します。
計算式:
レベニューチャーンレート = (サービス単価 × 今月解約された顧客数) ÷ 今月の総収益 × 100
または、より正確には:
レベニューチャーンレート = 今月失った月次経常収益(MRR)÷ 前月の総MRR × 100
計算例:
前提条件:
- 前月の総MRR(月次経常収益): 500万円
- 今月解約された顧客のMRR: 25万円
計算:
レベニューチャーンレート = 25万円 ÷ 500万円 × 100 = 5%
この例では、カスタマーチャーンレートとレベニューチャーンレートが同じ5%になっていますが、実際には契約金額のばらつきがあるため、両者の数値は異なることが多いです。
MRR(Monthly Recurring Revenue)とは: 月次経常収益のことで、サブスクリプションビジネスの月次収益を指します。
(3) 業界別・企業規模別の目安
チャーンレートの適正値は、業界や企業規模によって異なります。
業界別の目安(2022年データ):
(出典: Zendesk「チャーンレート(解約率)とは? 定義・計算・改善」)
- BtoB SaaS: 月間3-5%(年間30-50%)
- BtoC サブスクリプション: 月間5-7%(年間50-70%)
BtoCの方がチャーンレートが高い理由:
- 契約金額が小さく、解約のハードルが低い
- 個人ユーザーは企業ユーザーより離脱しやすい
- 競合サービスへの乗り換えが容易
企業規模別の目安:
(出典: Sansan「チャーンレートとは?平均・目安や計算方法、解約率を下げる方法を解説」)
- 中小企業向けSaaS: 月間3-7%
- 大企業向けSaaS(エンタープライズ): 月間0.5-1%
大企業向けの方がチャーンレートが低い理由:
- 契約金額が大きく、解約には社内稟議が必要
- 既存システムとの統合が進んでおり、乗り換えコストが高い
- 担当者(カスタマーサクセス)の手厚いフォローがある
注意点:
上記の数値は目安であり、価格帯、顧客属性、サービスの性質によって大きく変動します。自社のチャーンレートを業界平均と比較する際は、前提条件が類似しているかを確認することが重要です。
チャーン発生の主な原因
チャーンが発生する原因を特定することで、効果的な改善施策を設計できます。
(1) オンボーディング不足による早期離脱
**オンボーディング(Onboarding)**とは、新規顧客がサービスを使い始める際の初期導入支援のことです。
オンボーディングが不十分だと、顧客は「使い方が分からない」「期待した効果が得られない」と感じ、早期に解約してしまいます。
典型的な問題:
- 初回ログイン後、何をすればよいか分からない
- 機能が多すぎて、どこから始めればよいか分からない
- サービスの価値を実感するまでに時間がかかりすぎる
早期離脱の統計:
SaaS業界では、契約後3ヶ月以内に解約する顧客が全体の30-40%を占めると言われています。つまり、オンボーディングの改善は、チャーン対策の最優先事項です。
改善のポイント:
- 初回ログイン時にチュートリアルを表示する
- 「最初の1週間でやるべき3つのこと」を明示する
- 価値実感までの時間を短縮する(例: 設定完了後、すぐに成果が見える仕組み)
(2) 顧客ニーズとの不一致
サービスが顧客のニーズに合っていない場合、チャーンが発生します。
典型的な問題:
- 機能が過剰で、使いこなせない(オーバースペック)
- 必要な機能が不足している(アンダースペック)
- 価格と提供価値のバランスが合わない(割高に感じる)
- 他社サービスの方が自社のニーズに合っている
顧客ニーズの把握方法:
- 解約理由アンケートの実施(解約時に必ず理由を聞く)
- 定期的な顧客インタビュー(四半期に1回など)
- プロダクト利用状況の分析(どの機能が使われているか)
顧客ニーズを正確に把握し、プロダクト改善やプラン設計に反映することで、チャーンを防ぐことができます。
チャーンを改善する具体的施策
(1) オンボーディングの改善
オンボーディングは、チャーン改善の最優先施策です。
具体的な施策:
1. ウェルカムメール・オンボーディングメールの送信
契約後すぐに、以下の情報を含むメールを送信します。
- サービスの使い方ガイド
- 最初にやるべき3つのステップ
- サポート窓口の連絡先
2. チュートリアル動画の提供
初回ログイン時に、短い動画(1-3分)で基本的な使い方を説明します。文章よりも動画の方が理解しやすく、完了率が高まります。
3. プログレスバーの表示
「設定完了まであと2ステップ」のようにプログレスバーを表示し、顧客が設定を完了しやすくします。
4. 初回セットアップ支援
高額プランの顧客には、カスタマーサクセス担当者が初回セットアップをオンラインミーティングで支援します。
5. 価値実感までの時間短縮
「初回ログインから24時間以内に最初の成果を実感できる」ような設計を目指します。例えば、テンプレートや事例データを用意し、すぐに使い始められるようにします。
(出典: Baremetrics「チャーンを減らす方法6選 〜SaaSビジネス実践編〜」)
(2) 契約後フォローと顧客ロイヤルティ向上
契約後も定期的にフォローし、顧客との関係を強化することで、チャーンを防ぎます。
具体的な施策:
1. 定期的なヘルスチェック
月次または四半期ごとに、顧客の利用状況をレビューします。
- プロダクトの利用頻度(週に何回ログインしているか)
- 主要機能の利用状況(どの機能が使われているか)
- 成果の達成状況(目標を達成できているか)
利用頻度が低下している顧客には、カスタマーサクセス担当者から連絡し、課題をヒアリングします。
2. 有益な情報の提供
顧客に対して、以下のような情報を定期的に提供します。
- 新機能のリリース情報
- 活用事例(他社の成功事例)
- ウェビナーやセミナーの案内
- 業界トレンドに関する情報
これにより、顧客は「このサービスを使い続けることで価値を得られる」と感じ、ロイヤルティが向上します。
3. コミュニティの構築
顧客同士が交流できるコミュニティ(オンラインフォーラム、ユーザー会など)を作ります。顧客同士で情報交換やベストプラクティスの共有ができると、サービスへの愛着が高まり、チャーンが減少します。
4. 契約更新前のアプローチ
年間契約の場合、更新時期の1-2ヶ月前に担当者から連絡し、以下を確認します。
- 現状の満足度
- 改善してほしい点
- プラン変更の希望
更新前に課題を解消することで、更新率が向上します。
(3) チャーン予測とリスクスコアリング
機械学習を活用して、離脱リスクの高い顧客を事前に特定し、先回りしてフォローします。
チャーン予測の仕組み:
データ収集:
- 過去の解約顧客のデータ(利用頻度、契約期間、サポート問い合わせ回数等)
- 現在の顧客のデータ
機械学習モデルの構築:
- 過去のチャーン履歴や顧客属性、利用状況データを機械学習モデルに取り込む
- 解約リスクの高い顧客の特徴を学習
リスクスコアリング:
- 各顧客に対して、0-100のリスクスコアを付与
- スコアが高い顧客(例: 80以上)を「解約リスク高」と判定
先回りフォロー:
- リスクスコアが高い顧客に対して、カスタマーサクセス担当者が連絡
- 課題をヒアリングし、解決策を提案
効果:
チャーン予測により、解約の兆候を早期に発見できます。手遅れになる前にフォローすることで、チャーンを30-50%削減できたという事例もあります。
ツール例:
チャーン予測機能を持つツールには、以下のようなものがあります。
- Gainsight(カスタマーサクセスプラットフォーム)
- Totango(カスタマーサクセスプラットフォーム)
- PredictiveCS(チャーン予測特化ツール)
ただし、これらのツールは高額なため、中小企業の場合はまずオンボーディング改善や契約後フォローから始めることが推奨されます。
(出典: Baremetrics「チャーンを減らす方法6選 〜SaaSビジネス実践編〜」)
まとめ:自社に合ったチャーン対策設計
チャーン(解約)は、SaaS・サブスクリプションビジネスにおける最重要課題です。新規顧客獲得は既存顧客維持の5倍のコストがかかるため、チャーン対策は最優先で取り組むべきです。
チャーン対策のチェックリスト:
測定体制の構築:
- カスタマーチャーンレートを定期的に測定している(月次・四半期)
- レベニューチャーンレートも併用して測定している
- 業界平均と比較し、自社の現状を把握している
オンボーディングの改善:
- 初回ログイン時にチュートリアルを表示している
- 初回セットアップの完了率を測定している
- 価値実感までの時間を短縮する施策を実施している
契約後フォロー:
- 定期的な利用状況のヘルスチェックを行っている
- 顧客に有益な情報を定期的に提供している
- 契約更新前にアプローチしている
解約理由の分析:
- 解約時に必ず理由をヒアリングしている
- 解約理由を分類し、傾向を把握している
- 解約理由をプロダクト改善に反映している
次のアクション:
- 自社のカスタマーチャーンレートとレベニューチャーンレートを計算する
- 業界平均と比較し、改善の余地があるか確認する
- 解約理由を分析し、最も多い原因を特定する
- オンボーディングの完了率を測定し、改善施策を設計する
- 予算があれば、カスタマーサクセスツールの導入を検討する
チャーン対策は、一度実施すれば終わりではなく、継続的にPDCAを回すことが重要です。小さな改善を積み重ねて、自社の解約率を着実に低減していきましょう。
※この記事の情報は2025年1月時点のものです。チャーンレートの業界平均(BtoB 3-5%、BtoC 5-7%)は2022年調査データです。最新のベンチマークや改善手法については、業界レポートや専門家に確認することを推奨します。
