解約率を改善したいけれど、どこから手をつければいいか分からない...
B2B SaaS企業のカスタマーサクセス・経営企画担当者の多くが、チャーンレート(解約率)の改善に課題を抱えています。「計算方法が複数あってどれを使えばいいか分からない」「業界平均と比べて自社の数値は良いのか悪いのか」「具体的にどんな施策を打てばいいのか」といった疑問は尽きません。
この記事では、チャーンレートの定義と種類、計算方法、業界ベンチマーク、具体的な改善施策まで、実務に役立つ情報を解説します。
この記事のポイント:
- チャーンレートとは一定期間内に解約した顧客の割合を示す指標(解約率)
- 顧客数ベース(カスタマーチャーン)と収益ベース(レベニューチャーン)の2種類がある
- SaaSでは3.5%以下が目標、ただし企業規模により異なる(中小向け3-7%、大企業向け0.5-1%)
- リテンションは新規獲得より5-25倍コスト効率的、5%の改善で利益が最大95%増加
- オンボーディング強化と解約予兆の早期検知が改善の鍵
SaaSビジネスでチャーンレートが重要な理由
SaaSビジネスはサブスクリプションモデルを採用しており、顧客が継続利用してくれることで収益が積み上がります。チャーンレートが高いと、いくら新規顧客を獲得しても「穴の空いたバケツ」状態になり、成長が頭打ちになります。
チャーンレートが重要な理由:
1. 収益の安定性に直結: 解約が増えるとMRR(月次経常収益)が減少し、事業計画が立てにくくなります。安定した収益基盤を築くには、チャーンレートの管理が不可欠です。
2. 新規獲得より既存維持がコスト効率的: 一般的に、既存顧客の維持は新規顧客の獲得より5〜25倍コスト効率が良いと言われています。チャーンレートを5%改善すると、利益が最大95%増加するという調査もあります。
3. LTV(顧客生涯価値)への影響: チャーンレートが下がれば、1人の顧客が生涯にわたって企業にもたらす利益(LTV)が増加します。LTVが上がればCAC(顧客獲得コスト)の許容範囲も広がり、マーケティング投資を増やせます。
4. 投資家からの評価: SaaS企業の評価において、チャーンレートは重要な指標です。低いチャーンレートは「顧客に価値を提供できている証拠」として、投資家からの評価が高まります。
チャーンレートの基礎知識
(1) カスタマーチャーンレート:顧客数ベースの解約率
カスタマーチャーンレートは、一定期間内に解約した顧客数の割合を示す指標です。最もシンプルで分かりやすいチャーンレートの定義です。
計算式:
カスタマーチャーンレート = 期間内の解約顧客数 ÷ 期首の顧客数 × 100
例:
- 期首の顧客数: 1,000社
- 期間内の解約顧客数: 30社
- カスタマーチャーンレート: 30 ÷ 1,000 × 100 = 3.0%
特徴:
- すべての顧客を「1件」として等しくカウント
- 小規模顧客も大規模顧客も同じ重みで計算
- 顧客数の動向を把握するのに適している
(2) レベニューチャーンレート:収益ベースの解約率
レベニューチャーンレートは、一定期間内に失った収益の割合を示す指標です。収益への影響を直接把握できるため、経営判断に有用です。
グロスレベニューチャーンレート: 解約やダウングレードによる損失額のみを計算します。
グロスレベニューチャーンレート = (解約MRR + ダウングレードMRR) ÷ 期首MRR × 100
ネットレベニューチャーンレート: 損失額だけでなく、既存顧客からのアップセル・クロスセルによる増収も含めて計算します。
ネットレベニューチャーンレート = (解約MRR + ダウングレードMRR - アップグレードMRR) ÷ 期首MRR × 100
ネガティブチャーン: ネットレベニューチャーンがマイナス(= 既存顧客からの増収が解約による損失を上回る)になる状態を「ネガティブチャーン」と呼びます。これはSaaSビジネスにとって理想的な状態です。
カスタマーチャーンとレベニューチャーンの使い分け:
- カスタマーチャーン: 顧客数の動向を把握、プロダクトの改善優先度判断
- レベニューチャーン: 収益への影響を把握、LTVの高い顧客への注力判断
両方をモニタリングすることで、より正確な状況把握が可能です。
チャーンレートの計算方法
(1) グロスレベニューチャーンとネットレベニューチャーンの違い
グロスレベニューチャーンの例:
- 期首MRR: 1,000万円
- 解約MRR: 50万円
- ダウングレードMRR: 20万円
- グロスレベニューチャーン: (50 + 20) ÷ 1,000 × 100 = 7.0%
ネットレベニューチャーンの例:
- 期首MRR: 1,000万円
- 解約MRR: 50万円
- ダウングレードMRR: 20万円
- アップグレードMRR: 40万円
- ネットレベニューチャーン: (50 + 20 - 40) ÷ 1,000 × 100 = 3.0%
どちらを重視すべきか:
- グロスレベニューチャーン: 解約・ダウングレードの問題を正確に把握
- ネットレベニューチャーン: 収益全体の健全性を把握、ネガティブチャーンを目指す
両方を把握することで、「解約は多いがアップセルでカバーできている」「解約は少ないがアップセルも少ない」といった状況を正確に理解できます。
(2) 月次・年次での計算と注意点
月次チャーンレート: 毎月のチャーンレートを計算し、トレンドを把握します。季節変動やキャンペーンの影響を確認できます。
年次チャーンレート: 年間の累積チャーンレートを計算します。月次チャーンレートを単純に12倍すると不正確になるため、複利計算を用います。
年次チャーンレート = 1 - (1 - 月次チャーンレート)^12
例:
- 月次チャーンレート: 3%
- 年次チャーンレート: 1 - (1 - 0.03)^12 = 約30.6%(単純12倍の36%より低い)
計算時の注意点:
- 期首・期末の定義を明確にする(月初か月末か)
- 新規獲得顧客をいつから母数に含めるか統一する
- 契約更新のタイミングを考慮する(年間契約の場合は更新月に集中)
業界ベンチマークと目標設定
(1) 業界・企業規模別の平均値
業界別の月次チャーンレート目安:
- SaaS全体: 約4.8%
- BtoB SaaS: 約5%
- BtoC SaaS: 約7%
- 動画配信サービス: 約10%
企業規模別の目標チャーンレート:
- 中小企業向けSaaS: 3〜7%(顧客の入れ替わりが速い傾向)
- 大企業向けSaaS(エンタープライズ): 0.5〜1%(契約期間が長く、スイッチングコストが高い)
良いチャーンレートの目安: 一般的にSaaSでは月次3.5%以下が目標とされますが、業種・ビジネスモデル・顧客層によって大きく異なります。
(2) 自社に合った目標設定のポイント
ベンチマークとの比較だけに頼らない: 業界平均はあくまで参考値です。自社の顧客層、契約形態、プロダクトの特性を考慮した目標設定が必要です。
目標設定のステップ:
- 現状のチャーンレートを正確に把握
- 解約理由を分析し、改善可能な割合を推定
- 改善施策とリソースを勘案した現実的な目標を設定
- 段階的な目標(3ヶ月、6ヶ月、1年)を設定
解約理由の分析:
- 製品・サービスへの不満(機能不足、使いにくさ)
- 価格への不満(コストパフォーマンス)
- 顧客側の事情(予算縮小、事業撤退)
- 競合への乗り換え
- サポートへの不満
表面的な理由だけでなく、その背景にある真の原因を把握することが重要です。
※業界平均や目標値は調査時点のものであり、市場環境により変動します。自社の状況に合わせた判断が必要です。
チャーンレートを改善する具体的施策
(1) オンボーディング強化と顧客フィードバック収集
オンボーディングの強化: 導入初期の1ヶ月に集中してサポートすることで、早期解約を防ぎます。調査によると、68%の顧客がオンボーディング体験を重視しています。
具体的な施策:
- 初期設定のサポート(チュートリアル、ガイドツアー)
- 活用事例の提供(同業種・同規模の成功事例)
- 定期的なチェックイン(導入1週間後、1ヶ月後など)
- 目標設定と進捗確認(顧客の成功指標を定義)
顧客フィードバックの収集: 70%の顧客が「企業が自分を気にかけていない」と感じているという調査があります。定期的なフィードバック収集で、不満を先回りで対処します。
具体的な施策:
- NPS(Net Promoter Score)調査の定期実施
- 利用状況に応じたアンケート(活用度の低い顧客へのヒアリング)
- カスタマーサクセスによる定期面談
- 解約時のエグジットインタビュー
(2) AIと予測分析による解約予兆の早期検知
予測分析の活用: 利用パターンや行動データから、解約リスクの高い顧客を早期発見します。2024年現在、AIと予測分析を活用した解約予測・早期警告が可能になっています。
解約予兆のシグナル:
- ログイン頻度の低下
- 主要機能の利用率低下
- サポート問い合わせの急増
- NPS・満足度スコアの低下
- 契約更新前のアクセス減少
早期検知後のアクション:
- カスタマーサクセスによる能動的なアウトリーチ
- 活用促進のためのコンテンツ提供
- 個別の課題解決サポート
- 必要に応じた料金プランの見直し提案
その他の改善施策:
- パーソナライゼーション(顧客ごとにカスタマイズされた体験)
- コミュニティ構築(ユーザー同士のつながりでスイッチングコストを上げる)
- ロイヤルティプログラム(長期契約インセンティブ、紹介報酬)
- 1回の悪い体験で26%の顧客が離脱するため、顧客体験(CX)の質を向上
まとめ:継続的なモニタリングと改善の重要性
チャーンレートはSaaSビジネスの健全性を示す最重要指標の一つです。カスタマーチャーン(顧客数ベース)とレベニューチャーン(収益ベース)の両方をモニタリングし、解約理由を分析した上で改善施策を実行することが重要です。
新規顧客獲得よりも既存顧客維持の方がコスト効率が良いため、オンボーディング強化、顧客フィードバック収集、解約予兆の早期検知といった施策に投資することで、持続的な成長が可能になります。
次のアクション:
- 自社のチャーンレート(カスタマー・レベニュー両方)を正確に計算する
- 解約顧客へのエグジットインタビューで解約理由を把握する
- オンボーディングプログラムを見直し、導入初期のサポートを強化する
- 解約予兆を検知するシグナルを定義し、モニタリング体制を構築する
よくある質問:
Q: SaaSの良いチャーンレートの目安はどのくらいですか? A: 一般的にSaaSでは月次3.5%以下が目標とされます。ただし企業規模により異なり、中小企業向けは3〜7%、大企業向け(エンタープライズ)は0.5〜1%が目安です。業種やビジネスモデルによっても変わるため、自社の状況に合った目標設定が必要です。
Q: 新規獲得とリテンション、どちらを優先すべきですか? A: リテンションが5〜25倍コスト効率的とされています。チャーンレートを5%改善すると利益が最大95%増加するという調査もあり、既存顧客維持を優先すべきです。ただし、成長フェーズによっては新規獲得とのバランスも重要です。
Q: カスタマーチャーンとレベニューチャーンのどちらを見るべきですか? A: 両方を見ることが重要です。カスタマーチャーンは顧客数の動向を把握するのに適しており、レベニューチャーンは収益への影響を直接把握できます。LTVの高い顧客に注力するにはレベニューチャーンのモニタリングが不可欠です。
