NRR(売上維持率)とは?SaaSビジネスで重視される理由
意外かもしれませんが、NRRは既存顧客からの収益維持・拡大を測る重要指標であり、計算方法を知るだけでなく、MA/SFA/CRMと連携した継続的な計測・可視化の仕組みを構築することで、改善アクションにつなげられます。
NRR(Net Revenue Retention) とは、既存顧客からの月次経常収益の増減を測る指標です。売上維持率とも呼ばれ、SaaSビジネスにおいて既存顧客基盤からどれだけ収益を維持・拡大できているかを示します。
日本SaaS市場は2025年122億米ドルから2035年381億米ドルへ成長見込み(CAGR13.5%、2026-2035年)とされており、市場拡大に伴い既存顧客からの収益最大化がますます重要になっています。また、42%の企業がカスタマーサクセス(CS)による売上貢献期待を強めているという調査結果もあり、NRRへの関心が高まっている背景がうかがえます。
しかし、NRRの計算式を知っているだけでは、実際のビジネス改善には活用できません。継続的な計測と可視化の仕組みがなければ、改善アクションにつなげることは困難です。
この記事で分かること
- NRRの定義と計算方法
- NRRとMRR・ARR・GRRの違い
- NRRの目安・ベンチマーク
- NRRを向上させる方法と運用設計のポイント
NRRの定義と計算方法
NRR(Net Revenue Retention) は、一定期間における既存顧客からの収益維持率を測定する指標です。新規顧客からの収益を除外し、既存顧客ベースでの収益変動を把握することで、顧客基盤の健全性を評価できます。
NRRの計算式は以下のとおりです。
NRR(%) = (月初MRR + Expansion MRR - Downgrade MRR - Churn MRR) ÷ 月初MRR × 100
MRR(Monthly Recurring Revenue) とは、月次経常収益を指します。サブスクリプションビジネスの月間売上を示す絶対額で、NRR計算の基準となります。
計算例
以下の条件でNRRを計算してみます。
- 月初MRR: 1,000万円
- Expansion MRR(アップセル等): 100万円
- Downgrade MRR(プランダウン): 30万円
- Churn MRR(解約): 50万円
NRR = (1,000 + 100 - 30 - 50) ÷ 1,000 × 100 = 102%
この場合、既存顧客からの収益が2%増加していることを意味します。
注意点: MRRの定義は情報源により異なる場合があります。New MRR(新規顧客からの収益)を含むか否かで数値が変わるため、自社でNRRを計算する際は定義を明確化しておくことが重要です。
NRRを構成する要素
NRRは以下の要素で構成されています。それぞれの要素がNRRにどう影響するかを理解することが、改善施策の立案に役立ちます。
Expansion MRRとは、アップセル・クロスセルによる既存顧客からの収益増加分を指します。上位プランへの移行や追加サービスの契約により発生し、NRRを押し上げる要因となります。
Contraction MRR(Downgrade MRR) は、既存顧客がプランをダウングレードすることによる収益減少分です。NRRを押し下げる要因の一つです。
Churn MRRとは、解約による既存顧客からの収益減少分を指します。完全な解約によって発生し、NRRに最も大きなマイナス影響を与える要因です。
NRRとMRR・ARR・GRRの違い
NRRは他のSaaS指標と混同されやすいため、それぞれの違いを明確に理解しておくことが重要です。特にGRRとの違いは、よくある誤解の一つです。
ARR(Annual Recurring Revenue) とは、年次経常収益を指します。MRR×12で算出され、年間契約中心のBtoB SaaSで多く使用されます。日本上場SaaS企業のARRは、ラクス約403億円、マネーフォワード約319億円(2025年2月時点、First Light Capital統計)といった規模となっています。また、日本上場SaaS企業12社がARR100億円超を達成し、トップ5社のCAGRは25%以上という報告もあります。
GRR(Gross Revenue Retention) とは、総収入維持率を指します。アップセル等の増加分を除いた維持率で、最大値が100%となります。GRRの相場は中小企業向けSaaSで80%、大企業向けで90%とされています。
よくある誤解: NRRとGRRを同じ指標と捉えてしまうケースがあります。GRRはアップセル等の増加分を含まないため最大100%ですが、NRRは増加分を含むため100%を超えることが可能です。GRRは解約耐性(顧客をどれだけ維持できているか)を、NRRは顧客拡大性(既存顧客からどれだけ収益を拡大できているか)を測る指標として使い分けることが一般的です。
ネガティブチャーンとは、NRRが100%を超え、解約を上回るアップセルで収益が拡大している状態を指します。SaaSビジネスにおいて理想的な状態とされています。
【比較表】NRR関連指標比較表
| 指標 | 正式名称 | 定義 | 最大値 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| MRR | Monthly Recurring Revenue | 月次経常収益の絶対額 | 上限なし | 月間の収益規模把握 |
| ARR | Annual Recurring Revenue | 年次経常収益(MRR×12) | 上限なし | 年間の収益規模把握、投資家向け報告 |
| NRR | Net Revenue Retention | 既存顧客からの収益維持率(アップセル込み) | 上限なし | 顧客拡大性の評価 |
| GRR | Gross Revenue Retention | 既存顧客からの収益維持率(アップセル除外) | 100% | 解約耐性の評価 |
NRRの目安・ベンチマーク
自社のNRRが良いのか悪いのかを判断するには、業界のベンチマークを把握しておくことが有効です。ただし、ベンチマーク値は民間調査に依存しているため、参考値として捉えることをおすすめします。
国内BtoB SaaS企業の平均NRRは102.1%という調査結果があります(Fullstar調べ、民間調査でサンプル規模が限定的であり、自己申告バイアスの可能性がある点に留意が必要です)。
NRRの値が示す意味は以下のとおりです。
- NRR 100%未満: 既存顧客からの収益が減少している状態。解約やダウングレードが増加分を上回っている
- NRR 100%前後: 既存顧客からの収益が維持されている状態。増減がほぼ均衡
- NRR 100%超: 既存顧客からの収益が拡大している状態(ネガティブチャーン)。アップセルが解約を上回っている
よくある誤解: 「高NRR=解約ゼロ」と考えてしまうケースがあります。実際には、解約があってもアップセル・クロスセルによる増収がそれを上回れば、NRRは100%を超えます。NRRだけでなく、GRR(解約耐性)と合わせて評価することで、より正確な状況把握が可能です。
NRRを向上させる方法と運用設計
NRRを改善するには、アップセル・クロスセルの強化と解約・ダウングレードの抑制の両面からアプローチすることが重要です。そして、継続的に改善を進めるには計測と可視化の仕組みが不可欠です。
SaaS事業責任者調査によると、LTV/NRRなどの成功指標を体系化・運用中の企業は9.6%のみという結果が報告されています(Ragate、2026年1月実施、550名対象)。多くの企業で指標の仕組み化ができていない現状がうかがえます。
よくある失敗パターン: NRRの計算式を知っていても、Excelで月末に手動集計するだけでは、リアルタイムの状況把握ができず、解約やダウングレードの兆候を見逃して改善アクションが後手に回ります。このような属人的・手動的な運用では、問題が発生してから対処する「事後対応」になりがちです。
MA/SFA/CRMと連携した継続的な計測・可視化の仕組みを構築することで、解約予兆の早期検知やアップセル機会の特定が可能になり、先手を打った改善アクションにつなげられます。
【チェックリスト】NRR計測・改善チェックリスト
- MRRの定義が社内で明確化されている
- Expansion MRR、Contraction MRR、Churn MRRを個別に計測している
- NRRを月次で計算・レポートしている
- NRRの目標値が設定されている
- GRRも併せて計測し、解約耐性を把握している
- SFA/CRMでMRRデータを一元管理している
- 顧客ごとの収益変動を追跡できる仕組みがある
- 解約・ダウングレードの予兆を検知する仕組みがある
- アップセル・クロスセルの機会を特定する基準がある
- CS部門と営業部門でNRRデータを共有している
- 顧客セグメント別にNRRを分析している
- 解約理由を記録・分析している
- オンボーディング完了率を計測している
- 製品利用状況(ログイン頻度、機能利用率等)を追跡している
- NRR改善のPDCAサイクルが回っている
アップセル・クロスセルの強化
Expansion MRRを増やすためには、既存顧客へのアップセル・クロスセル施策を体系化することが有効です。
主なアプローチとしては以下が挙げられます。
- 顧客セグメントごとの施策設計: 利用状況や契約規模に応じて、提案すべきアップグレードプランを明確化する
- CS部門との連携: カスタマーサクセス担当者が顧客の課題や成功を把握し、適切なタイミングでアップセル提案を行う
- 利用状況に基づくトリガー設定: 上位プランの機能に関心を示す行動(特定機能の利用増加、問い合わせ等)を検知し、アプローチのタイミングを最適化する
42%の企業がカスタマーサクセス(CS)による売上貢献期待を強めているという調査結果からも、CS部門を通じたExpansion MRR拡大の重要性が高まっていることがわかります。
解約・ダウングレードの抑制
Churn MRRとContraction MRRを減らすためには、解約・ダウングレードの予兆を早期に検知し、先手を打った対応を行うことが重要です。
主なアプローチとしては以下が挙げられます。
- 解約予兆の検知: ログイン頻度の低下、サポート問い合わせの増加、NPS低下などのシグナルを監視する
- オンボーディングの強化: 導入初期に製品価値を実感してもらうことで、早期解約を防止する
- 定期的なヘルスチェック: 顧客の利用状況を定期的に確認し、課題があれば早期に対応する
- 解約理由の分析: 解約した顧客の理由を記録・分析し、製品改善やサービス改善に活かす
まとめ:NRRの計測・改善で既存顧客からの成長を実現する
本記事では、NRRの基本概念から計算方法、関連指標との違い、ベンチマーク、そして改善施策と運用設計のポイントまでを解説しました。
NRRを活用するための流れは以下のとおりです。
- 基本理解: NRRの定義と計算方法を把握する
- 現状把握: 自社のNRRを計算し、ベンチマークと比較する
- 課題特定: Expansion MRR、Contraction MRR、Churn MRRのどこに課題があるかを分析する
- 運用設計: MA/SFA/CRMと連携した継続的な計測・可視化の仕組みを構築する
- 改善実行: アップセル強化と解約抑制の施策を実行し、PDCAを回す
まずは自社のNRRを計算し、現状を把握することから始めてみてください。
NRRは既存顧客からの収益維持・拡大を測る重要指標であり、計算方法を知るだけでなく、MA/SFA/CRMと連携した継続的な計測・可視化の仕組みを構築することで、改善アクションにつなげられます。
