ネガティブチャーンとは何か(定義と重要性)
SaaS企業の経営者やカスタマーサクセス責任者の多くが、「解約率をどう抑えるか」に頭を悩ませています。しかし、真に成長するSaaS企業は、解約を防ぐだけでなく、「既存顧客からの収益拡大が解約による減収を上回る」状態を実現しています。これが ネガティブチャーン です。
ネガティブチャーンは、SaaSビジネスの持続的成長エンジンとして注目されており、投資家からも重要な評価基準とされています。この記事では、ネガティブチャーンの定義から計算方法、実現するための戦略と施策まで体系的に解説します。
この記事のポイント:
- ネガティブチャーンとは、既存顧客からの新規収益(Expansion MRR)が解約による減収を上回る状態
- 計算式は {(解約で失ったMRR – Expansion MRR) ÷ 先月末のMRR} × 100
- プライシング戦略・プロダクト・カスタマーサクセスの三位一体が達成の条件
- 5年後には通常のチャーンと比べてMRRが約3倍の差になる長期的な成長インパクト
- 高度に成熟したSaaS企業のみが達成できる指標で、時間をかけて実現する必要がある
(1) ネガティブチャーンの定義(Expansion Revenue > 解約による減収)
ネガティブチャーンとは、既存顧客からの新規収益(アップセル・クロスセルによるExpansion MRR)が、解約・ダウングレードによる減収を上回る状態を指します。
通常のチャーンとネガティブチャーンの違い:
| 項目 | 通常のチャーン | ネガティブチャーン |
|---|---|---|
| 状態 | 解約による減収 > Expansion MRR | Expansion MRR > 解約による減収 |
| MRRの推移 | 新規獲得がなければ減少 | 新規獲得がなくても増加 |
| 収益成長 | 新規獲得に依存 | 既存顧客から持続的に成長 |
ネガティブチャーンを実現すると、新規顧客獲得がゼロでも既存顧客だけで収益が成長し続けるため、SaaSビジネスの強固な成長基盤となります。
※出典: Baremetrics Japan「ネガティブチャーン とは :SaaSビジネスの基礎知識」(2024年)
(2) SaaSビジネスにおける重要性(持続的成長エンジン)
SaaSビジネスでは、新規顧客獲得コスト(CAC)が高騰している一方で、既存顧客からの収益拡大(Expansion)はコストが低く、収益性が高いという特徴があります。
ネガティブチャーンがもたらす3つのメリット:
- 持続的な収益成長: 新規獲得に依存せず、既存顧客からの収益だけで成長できる
- 収益性の向上: 新規獲得コストと比べて、既存顧客への販売コストは低い
- 顧客基盤の安定性: 顧客満足度が高く、ビジネスが安定している証拠
ネガティブチャーンを実現している企業は、既存顧客からの売上拡大力が高いと判断され、資金調達においても有利になります。
(3) 投資家からの評価基準(成長性を示す重要KPI)
2025年現在、ベンチャーキャピタルや投資家は、企業の成長性を見る際にチャーン率やMRRを厳しくチェックしています。ネガティブチャーンを実現しているSaaS企業は、事業の飛躍的な成長を示唆するマイルストーンとして高く評価されます。
投資家が注目する理由:
- 既存顧客からの売上拡大力が高い(製品の市場適合性が高い証拠)
- 顧客満足度が高く、長期的な関係を構築できている
- 新規獲得だけに頼らない持続可能な成長モデル
※出典: OpenPage「【SaaSの重要KPI】ネガティブチャーンとは?実現のために必要なこと」(2025年)
ネガティブチャーンの計算方法
ネガティブチャーンを正しく把握するには、正確な計算が必要です。
(1) 計算式:{(解約で失ったMRR – Expansion MRR) ÷ 先月末のMRR} × 100
基本の計算式:
チャーンレート(%)= {(当月の解約で失ったMRR – 当月のExpansion MRR) ÷ 先月末時点でのMRR} × 100
結果の解釈:
- プラスの値: 通常のチャーン(解約による減収 > Expansion MRR)
- マイナスの値: ネガティブチャーン(Expansion MRR > 解約による減収)
(2) 具体的な計算例
【計算例】
前提条件:
- 先月末のMRR: 1,000万円
- 当月の解約で失ったMRR: 50万円
- 当月のExpansion MRR: 80万円(アップセル・クロスセル)
計算:
チャーンレート = {(50万円 – 80万円) ÷ 1,000万円} × 100
= -30万円 ÷ 1,000万円 × 100
= -3%
結果: チャーンレート -3%(ネガティブチャーン達成)
この場合、解約による減収50万円を上回る80万円のExpansion MRRがあり、差し引き30万円のMRR増加となります。
※出典: InsideSales Magazine「【SaaS事業】ネガティブチャーンとは?計算方法・達成方法を解説」(2024年)
(3) MRRとExpansion MRRの関係
MRR(Monthly Recurring Revenue): サブスクリプションやクラウドサービスなどから毎月繰り返して得られる収益
Expansion MRR: 前月よりも上位のプランへアップグレードした顧客のMRR、またはクロスセルによる追加収益
ネガティブチャーンを実現するには、Expansion MRRを継続的に拡大する仕組みが必要です。
ネガティブチャーンを達成する条件
ネガティブチャーンの達成には、複数の要素が揃う必要があります。
(1) プライシング戦略(利用量に応じた料金体系)
時と共に増える利用基準に基づき料金が上がる価格モデルを採用することで、ネガティブチャーンを達成しやすくなります。
効果的なプライシングモデル:
- ユーザー数ベース: 顧客の組織が成長すると利用ユーザーが増え、MRRが自然に拡大
- データ量ベース: データ蓄積が増えるとプラン変更が必要になり、MRRが増加
- 機能制限ベース: 上位プランで高度な機能を提供し、成長に応じてアップセルを促進
(2) プロダクト設計(顧客の成長とともに価値が増す機能)
顧客のビジネスが成長すると、自然にプロダクトの利用が深化し、上位プランが必要になる設計が理想です。
プロダクト設計のポイント:
- 初期は無料または低価格プランで導入しやすく
- 利用が進むと高度な機能・分析・連携が必要になる
- 顧客の成長とプロダクトの価値が連動する
(3) カスタマーサクセス体制(顧客のビジネス成長支援)
カスタマーサクセス活動を通じて顧客のビジネス成長をサポートし、製品価値を高めることが重要です。
カスタマーサクセスの役割:
- 顧客のニーズを深く理解し、適切なタイミングで上位プランへの移行を提案
- プロダクト活用支援により、顧客の成功を実現
- 解約リスクを早期に検知し、対策を講じる
(4) 顧客基盤の成熟(初期段階では困難)
顧客基盤が小さい初期段階では、少数の解約が大きく影響するため、ネガティブチャーンの達成は困難です。一定規模の顧客基盤が形成された後に、段階的に実現を目指すのが現実的です。
※出典: CXジャーナル「ネガティブチャーンとは?計算方法や発生させる方法、注意点」(2024年)
ネガティブチャーンを実現する戦略と施策
ネガティブチャーンを実現するには、具体的な戦略と施策が必要です。
(1) 時と共に増える利用基準に基づく価格モデル(ユーザー数・データ量等)
実践例:
- Slack: チームメンバー数が増えるとユーザー課金が増加
- Salesforce: 利用ユーザー数・データ量に応じた階層型プラン
- AWS: 使用量に応じた従量課金モデル
顧客の成長とともに自然にMRRが増える仕組みを設計することが、ネガティブチャーン実現の基盤となります。
(2) アップセル戦略(上位プランへの移行提案)
アップセルとは、既存顧客に対して上位プランや追加機能を提案し、収益を拡大する営業手法です。
効果的なアップセル戦略:
- 利用状況データを分析し、上位プランが必要なタイミングを特定
- 上位プランのメリットを具体的に提示(機能・サポート・容量等)
- 無料トライアルで上位機能を体験してもらう
(3) クロスセル戦略(関連商品・サービスの追加販売)
クロスセルとは、既存顧客に対して関連する別の商品・サービスを提案し、収益を拡大する営業手法です。
クロスセル例:
- MAツールを利用している顧客に、CRM機能を提案
- 会計ソフトを利用している顧客に、給与計算機能を追加
(4) カスタマーサクセス活動(顧客の成功支援・製品価値向上)
カスタマーサクセス部門が顧客のビジネス成長をサポートし、製品の価値を最大化することで、自然なアップセル・クロスセルにつながります。
カスタマーサクセスの具体的な活動:
- オンボーディング支援(初期設定・活用支援)
- 定期的な活用状況レビュー
- ベストプラクティスの共有
- 顧客の課題解決支援
(5) プロダクト改善(顧客ニーズに基づく機能拡充)
顧客のフィードバックを基に継続的にプロダクトを改善し、より高度なニーズに対応できる機能を追加することで、アップセルの機会を創出します。
※出典: Scale Cloud「SaaS企業が目指すべきネガティブチャーンについて解説」(2024年)
ネガティブチャーンの効果とベンチマーク
ネガティブチャーンを実現すると、長期的にどのような効果があるのでしょうか。
(1) 長期的成長インパクト(5年後にMRR約3倍の差)
ネガティブチャーンを達成すると、5年後には通常のチャーンと比べてMRRが約3倍の差になるという試算があります。
【シミュレーション例】
前提条件:
- 初期MRR: 1,000万円
- 新規獲得MRR: 毎月100万円(両ケース共通)
ケース1: 通常のチャーン(月3%)
- 5年後のMRR: 約2,500万円
ケース2: ネガティブチャーン(月-2%)
- 5年後のMRR: 約7,500万円
結果: 約3倍の差
※出典: Commune「ネガティブチャーンとは?解約を超えるアップセル戦略、サブスクビジネスの理想形」(2025年)
(2) 業界ベンチマーク(SaaSスタートアップは月3%以内が順調)
米国VCによると、SaaSスタートアップのチャーンレートは月3%以内が順調とされています。
チャーンレートの目安:
- 優秀: 月1%以下
- 順調: 月1〜3%
- 要改善: 月3%以上
- ネガティブチャーン: マイナスの値(高度に成熟した企業のみ)
※出典: BOXIL Magazine「チャーンレートとは?計算式や指標 - SaaS・サブスクリプションでの頻出用語」(2024年)
(3) ネガティブチャーンを実現している企業の特徴
ネガティブチャーンを達成している企業には、以下の共通点があります。
共通する特徴:
- 利用量ベースの価格モデルを採用
- カスタマーサクセス体制が確立されている
- プロダクトが顧客の成長とともに価値を増す設計
- 顧客満足度が高く、継続率が高い
- データドリブンでアップセル・クロスセルのタイミングを最適化
(4) 資金調達における優位性
ネガティブチャーンを実現しているSaaS企業は、投資家から「既存顧客からの売上拡大力が高い」と評価され、資金調達において有利になります。
投資家が評価するポイント:
- 新規獲得に依存しない持続可能な成長モデル
- 高い顧客満足度と製品の市場適合性
- 収益性の高いビジネスモデル
まとめ:ネガティブチャーン達成のための重要ポイント
ネガティブチャーンは、既存顧客からの新規収益(Expansion MRR)が解約による減収を上回る状態であり、SaaSビジネスの持続的成長エンジンとして重要です。高度に成熟したSaaS企業のみが達成できる指標ですが、プライシング戦略・プロダクト設計・カスタマーサクセス体制の三位一体で実現できます。
達成のための重要ポイント:
- 利用量に応じた価格モデルを採用し、顧客の成長とMRRを連動させる
- カスタマーサクセス活動を通じて顧客のビジネス成長を支援する
- 適切なタイミングでアップセル・クロスセルを提案し、Expansion MRRを拡大する
- プロダクトを継続的に改善し、顧客ニーズに対応した機能を提供する
- まずはチャーンレート月3%以内を目指し、段階的にネガティブチャーンを実現する
次のアクション:
- 自社のMRR・チャーンレート・Expansion MRRを正確に測定する
- 利用量ベースの価格モデルへの移行を検討する
- カスタマーサクセス部門の体制を整備する
- 顧客データを分析し、アップセル・クロスセルの機会を特定する
ネガティブチャーンの達成には時間がかかりますが、短期的な成果を求めず、中長期的な視点で顧客価値の最大化に取り組むことで、持続的な成長を実現できます。
※この記事は2025年11月時点の情報です。SaaSビジネスの指標や業界ベンチマークは変化するため、最新情報は各種調査レポートや専門メディアをご確認ください。
