ARRとMRRが求められる背景
「ARRとMRRって、具体的にどう違うの?どちらを使えばいいんだろう?」
B2B SaaS企業の経営企画・財務・マーケティング担当者の中には、サブスクリプション収益の可視化や改善に取り組む際、ARRとMRRの違いや使い分けがよくわからず悩んでいる方が多いのではないでしょうか。両者はサブスクリプションビジネスの重要な経営指標ですが、活用シーンや計算方法が異なります。
この記事では、ARRとMRRの違い、計算方法、活用シーン、改善施策を体系的に解説します。
この記事のポイント:
- ARRは年次経常収益で長期視点、MRRは月次経常収益で短期視点
- BtoB企業は長期契約が多くARR重視、BtoC企業は月単位契約が多くMRR重視
- MRRは4つに分類(New・Expansion・Downgrade・Churn)して追跡すると改善点が明確
- ARRは投資家報告・戦略計画、MRRは日常業務・運用効率に活用
- 改善施策は新規獲得・アップセル・解約抑制・ダウングレード抑制の4つ
(1) SaaSビジネスの成長と経常収益の重要性
SaaS(Software as a Service)ビジネスは、従来の買い切り型ソフトウェアと異なり、継続的なサブスクリプション収益モデルを採用しています。
このビジネスモデルでは、顧客が毎月または毎年、一定の料金を支払い続けることで収益が発生します。そのため、経常収益(Recurring Revenue)の健全性を測る指標が不可欠です。
ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)とMRR(Monthly Recurring Revenue:月次経常収益)は、この経常収益を可視化し、ビジネスの成長を評価するための最重要指標です。
(2) 投資家評価・経営判断に必須の指標
ARRとMRRは、投資家評価、資金調達、経営判断の基準となります。
投資家はARR/MRRの成長率を重視:
- ARR/MRRが継続的に成長していれば、ビジネスモデルの持続可能性が高いと評価される
- 2024年現在、ARR 100万〜3,000万ドル以上の企業が安定化の兆しを見せている
- トップ四分位のブートストラップ企業はARR 100万ドルに2年で到達(VC支援企業よりわずか4ヶ月遅いのみ)
経営判断においても、ARR/MRRは戦略計画、予算策定、人材配置の根拠として活用されます。
ARRとMRRとは:基礎知識
(1) ARR(年間経常収益)の定義
ARR(Annual Recurring Revenue)とは、サブスクリプションビジネスで毎年継続的に発生する収益を指します。
ARRは長期的な視点でビジネスの規模と成長性を評価するための指標で、投資家報告や戦略計画、長期目標設定に活用されます。
(2) MRR(月次経常収益)の定義
MRR(Monthly Recurring Revenue)とは、サブスクリプションビジネスで毎月継続的に発生する収益を指します。
MRRは短期的な視点で月次の変動を追跡し、日常業務の意思決定や運用効率の改善に活用されます。
(3) ARRとMRRの違いと使い分け
ARRとMRRの主な違いは、時間軸の違いにあります。
比較表:
| 項目 | ARR(年間経常収益) | MRR(月次経常収益) |
|---|---|---|
| 時間軸 | 年次 | 月次 |
| 視点 | 長期的 | 短期的 |
| 計算式 | MRR × 12 | 月次の継続収益合計 |
| 活用シーン | 投資家報告・戦略計画・長期目標設定 | 日常業務・短期意思決定・運用効率 |
| 重視する企業 | BtoB企業(長期契約が多い) | BtoC企業(月単位契約が多い) |
ARRはMRR × 12で簡易的に算出できますが、解約(Churn)、アップグレード(Expansion)、ダウングレード(Downgrade)も考慮する必要があります。
(4) BtoB企業とBtoC企業での選択基準
BtoB企業とBtoC企業では、契約期間の違いにより重視する指標が異なります。
BtoB企業:
- 契約期間が半年〜1年以上と長期
- ARRを重視し、年次計画や投資家報告に活用
- ただし、月次サブスクリプションの多いB2B SaaS企業ではMRRも広く使われている
BtoC企業:
- 月単位契約・解約が多い
- MRRで月次変動を追跡
- 短期的な顧客獲得・解約の影響をリアルタイムで把握
実務では、両方を併用するケースが一般的です。
ARRとMRRの計算方法
(1) ARRの基本計算式(MRR × 12)
ARRの基本計算式は以下の通りです。
ARR = MRR × 12
ただし、この計算式は簡易的なもので、実際には以下の要素を考慮する必要があります。
- New MRR: 新規顧客から得られる月次経常収益
- Expansion MRR: 既存顧客のアップグレードやクロスセルによる収益増加分
- Downgrade MRR: 既存顧客のプランダウングレードによる収益減少分
- Churn MRR: 解約による月次経常収益の損失額
これらを正確に反映したARRを算出するには、月次の変動を追跡する必要があります。
(2) MRRの4つの種類(New・Expansion・Downgrade・Churn)
MRRは4つに分類して追跡することが推奨されます。
①New MRR(新規獲得収益):
- 新規顧客から得られる月次経常収益
- 例:新規顧客10社 × 月額10万円 = 100万円
②Expansion MRR(アップグレード収益):
- 既存顧客のアップグレードやクロスセルによる収益増加分
- 例:既存顧客5社がプランアップグレード、月額5万円増 = 25万円
③Downgrade MRR(ダウングレード収益減):
- 既存顧客のプランダウングレードによる収益減少分
- 例:既存顧客2社がプランダウングレード、月額3万円減 = -6万円
④Churn MRR(解約損失):
- 解約による月次経常収益の損失額
- 例:既存顧客3社が解約、月額10万円損失 = -30万円
Net New MRR(正味新規収益): Net New MRR = New MRR + Expansion MRR - Downgrade MRR - Churn MRR
上記の例では:100万円 + 25万円 - 6万円 - 30万円 = 89万円
(3) 計算時の注意点(一時的収益除外、値引き考慮)
ARR・MRRの計算時には以下の点に注意が必要です。
注意点:
- 初期費用やオプション費用などの一時的な収益は含まない(継続的な収益のみ対象)
- 値引き分を考慮する(値引き後の実際の収益額で計算)
- 年間契約の場合は月割りで計算(例:年間120万円の契約 → MRR 10万円)
- 解約・ダウングレードを見落とさない(ARRをMRRの単純な12倍で計算すると誤差が生じる)
(4) 具体的な計算例
前提:
- 既存MRR: 500万円
- New MRR: 100万円(新規顧客10社 × 月額10万円)
- Expansion MRR: 25万円(既存顧客5社がアップグレード)
- Downgrade MRR: -6万円(既存顧客2社がダウングレード)
- Churn MRR: -30万円(既存顧客3社が解約)
今月のMRR: 500万円 + 100万円 + 25万円 - 6万円 - 30万円 = 589万円
今月末時点のARR(簡易計算): 589万円 × 12 = 7,068万円
ARRとMRRの活用シーン
(1) ARRの活用シーン(投資家報告・戦略計画・長期目標設定)
ARRは、長期的な視点でビジネスを評価する際に活用されます。
ARRの活用シーン:
- 投資家報告: 資金調達時にARRの成長率を示し、ビジネスの持続可能性をアピール
- 戦略計画: 3〜5年の中期経営計画で、ARR目標を設定
- 長期目標設定: 「ARR 10億円達成」など、会社全体の目標を設定
- ベンチマーク: 他社との比較や業界平均との比較
(2) MRRの活用シーン(日常業務・短期意思決定・運用効率)
MRRは、短期的な視点で月次の変動を追跡し、日常業務に活用されます。
MRRの活用シーン:
- 日常業務: 営業・マーケティング・カスタマーサクセスの月次KPI
- 短期意思決定: キャンペーン効果測定、プラン変更の影響分析
- 運用効率: 解約率・アップグレード率の月次追跡
- 予算管理: 月次予算の達成状況確認
MRRを4つに分類して追跡すると、どの領域に課題があるか(新規獲得不足、解約増加など)が明確になるため、改善施策を立てやすくなります。
(3) 成長段階別の目標設定例
成長段階別のARR/MRR目標設定例は以下の通りです。
初期段階(シード〜シリーズA):
- MRR 50万円〜500万円
- ARR 600万円〜6,000万円
- 目標:Product-Market Fitの検証、初期顧客獲得
成長段階(シリーズB〜C):
- MRR 500万円〜5,000万円
- ARR 6,000万円〜6億円
- 目標:市場拡大、顧客基盤の拡充
拡大段階(シリーズD以降):
- MRR 5,000万円〜
- ARR 6億円〜
- 目標:グローバル展開、収益性の向上
(4) 経営ダッシュボードでの可視化
ARR・MRRは、経営ダッシュボードで可視化することが推奨されます。
ダッシュボードに表示する指標:
- MRR推移(月次)
- ARR推移(四半期・年次)
- MRRの4種類の内訳(New・Expansion・Downgrade・Churn)
- 顧客数推移
- ARPU(1顧客あたりの平均収益)
- Churn Rate(解約率)
ARRとMRRを改善する施策
(1) New MRR増加施策(新規顧客獲得・マーケティング強化)
New MRRを増やすには、新規顧客獲得を強化する必要があります。
施策例:
- コンテンツマーケティング・SEO強化によるリード獲得
- ウェビナー・イベント開催による認知拡大
- 無料トライアル・フリーミアムモデルの提供
- リファラルプログラム(既存顧客からの紹介)
- 営業チームの増強・商談プロセスの最適化
(2) Expansion MRR増加施策(アップセル・クロスセル・成功事例共有)
Expansion MRRを増やすには、既存顧客へのアップセル・クロスセルを強化します。
施策例:
- カスタマーサクセスチームによる定期的なオンボーディング・活用支援
- 上位プランの価値を示すデモ・成功事例共有
- 使用状況データに基づくパーソナライズド提案
- クロスセル可能な関連サービスの開発・提供
- 段階的なプラン設計(スモールスタート→拡大)
(3) Churn MRR減少施策(カスタマーサクセス強化・解約理由分析)
Churn MRRを減らすには、解約を抑制する取り組みが必要です。
施策例:
- カスタマーサクセス体制の強化(専任担当者配置)
- 解約理由の詳細分析(インタビュー・アンケート)
- 早期警戒システム(利用頻度低下アラート)
- オンボーディングプログラムの充実(導入初期の離脱防止)
- 解約防止オファー(割引・プラン変更提案)
(4) Downgrade MRR抑制施策(顧客フィードバック収集・価値提供強化)
Downgrade MRRを抑制するには、顧客が感じる価値を維持・向上させる必要があります。
施策例:
- 定期的な顧客フィードバック収集(NPS、顧客満足度調査)
- 機能追加・改善による価値提供強化
- 上位プラン限定の特典・サポート提供
- 利用状況データに基づく最適プラン提案
- コミュニティ・ユーザー会の運営(顧客エンゲージメント向上)
まとめ:ARR・MRRで持続可能な成長を実現
ARRとMRRは、サブスクリプションビジネスの成長を測る最重要指標です。ARRは年次経常収益で長期的な視点、MRRは月次経常収益で短期的な視点を提供します。
BtoB企業は長期契約が多くARRを重視し、BtoC企業は月単位契約が多くMRRを重視する傾向がありますが、実務では両方を併用するケースが一般的です。
ARR・MRR活用のポイント:
- MRRは4つに分類(New・Expansion・Downgrade・Churn)して追跡すると改善点が明確
- ARRは投資家報告・戦略計画、MRRは日常業務・運用効率に活用
- 改善施策は新規獲得・アップセル・解約抑制・ダウングレード抑制の4つ
- 経営ダッシュボードで可視化し、定期的にレビューする
次のアクション:
- 自社のARR・MRRを正確に計算し、現状を把握する
- MRRを4つに分類し、どこに課題があるか特定する
- 経営ダッシュボードを構築し、月次でレビューする体制を整える
- 新規獲得・アップセル・解約抑制の各施策を優先順位をつけて実行する
ARR・MRRを正しく理解し、継続的に改善することで、持続可能な成長を実現しましょう。
※ARR・MRRの計算方法は企業により若干異なる場合があるため、自社の定義を明確にすることが重要です。(この記事は2025年12月時点の情報です)
