SaaS企業の営業担当になったけれど、従来の営業とは何が違う?
SaaS企業に入社したばかりの営業担当者や、従来型の営業からSaaS営業に転身した方の多くが、「従来の営業とは何が違うのか」「どのような指標で成果を測るのか」という疑問を抱えています。
SaaSセールスは、サブスクリプションモデルという特性上、「売って終わり」ではなく、継続的な顧客との関係構築が求められます。この記事では、SaaSセールスの特徴、組織構成、実践的な業務プロセス、そして成功のための指標管理について解説します。
この記事のポイント:
- SaaSセールスは継続的な顧客関係構築とLTV(顧客生涯価値)最大化が重要
- THE MODEL型組織(4部門分業)がSaaS営業の主流
- 国内SaaS市場は2024年に1.4兆円、2028年には2兆円に成長予測
- インサイドセールスとカスタマーサクセスが成功の鍵
- ストーリーテリングによる顧客成功事例の活用が効果的
1. SaaSセールスとは(定義・特徴・市場動向)
まず、SaaSセールスの基本的な概念と市場動向を確認しましょう。
(1) SaaSビジネスモデルとセールスの役割
SaaS(Software as a Service)とは、インターネット経由でソフトウェアをサービスとして提供するビジネスモデルです。従来のパッケージソフトウェアのような買い切り型ではなく、月額または年額のサブスクリプション(定期課金)形式で利用料を支払う仕組みが一般的です。
SaaSセールスの役割は、単に新規顧客を獲得するだけでなく、顧客が継続的にサービスを利用し、価値を感じ続けてもらうことにあります。解約(チャーン)を防ぎ、追加契約(アップセル・クロスセル)につなげることが、SaaSビジネスの成長に直結します。
(2) 国内SaaS市場の成長予測(2024-2028年)
国内SaaS市場は急速に拡大しています。
市場規模の推移(予測):
- 2024年:約1.4兆円
- 2028年:約2兆円(2023年比約1.5倍)
富士キメラ総研の調査によると、2027年度には2兆990億円(2023年度比49%増)に達すると予測されています。また、2024年は国内SaaS企業のIPO(新規株式公開)が8社と前年から大幅に増加し、市場回復の兆しが見られます。
※市場規模の数値は調査機関・調査時点により異なる場合があります。最新情報は各調査機関の発表をご確認ください。
(3) DX推進がもたらす市場機会
SaaS市場成長の主要因として、デジタルトランスフォーメーション(DX)の普及が挙げられます。企業のDX推進に伴い、クラウドサービスへの移行が加速しており、SaaSソリューションへの需要が高まっています。
DX分野は2023年から2024年にかけて20%の高成長率を記録しているとされ、この傾向は今後も続くと予測されています。SaaS営業にとっては、市場機会が拡大している環境と言えるでしょう。
2. SaaSセールスと従来営業の違い
SaaSセールスと従来型の営業は、何が異なるのでしょうか。
(1) 「売って終わり」から継続的関係構築へ
従来の買い切り型商材の営業では、契約を獲得すれば一定の売上が確定します。一方、SaaSセールスでは、契約獲得はスタート地点に過ぎません。
従来営業とSaaS営業の比較:
| 項目 | 従来営業 | SaaS営業 |
|---|---|---|
| 収益モデル | 買い切り(一括払い) | サブスクリプション(月額/年額) |
| 重視する指標 | 新規契約金額 | LTV(顧客生涯価値) |
| 契約後の関係 | 保守・サポート中心 | 継続的な価値提供・成功支援 |
| 解約の影響 | 次回購入機会の損失 | 継続収益の即時喪失 |
| アップセル | 追加購入の提案 | プラン変更・機能追加が容易 |
(2) LTV(顧客生涯価値)重視の営業スタイル
LTV(Life Time Value / 顧客生涯価値)とは、1人の顧客が契約から解約までに企業にもたらす総収益のことです。SaaSビジネスでは、このLTVを最大化することが営業の重要な目標となります。
LTVの計算例:
- 月額料金:10万円
- 平均契約期間:24ヶ月
- LTV = 10万円 × 24ヶ月 = 240万円
この例では、1件の新規契約が将来的に240万円の収益をもたらす計算になります。したがって、短期的な契約獲得だけでなく、いかに契約期間を延ばし、解約を防ぐかが重要になります。
(3) チャーン対策とカスタマーサクセス
チャーン(Churn / 解約率)とは、既存顧客が一定期間内に解約する割合のことです。SaaSビジネスでは、解約率を低く保つことがLTV最大化の鍵となります。
チャーンの影響:
- 月次チャーン率1%の場合、年間で約12%の顧客が解約
- 月次チャーン率3%の場合、年間で約31%の顧客が解約
このように、わずかなチャーン率の違いが、年間で見ると大きな差になります。そのため、SaaS企業ではカスタマーサクセス(顧客成功支援)への投資が不可欠とされています。
3. THE MODEL型組織の構成と役割分担
SaaS営業では、THE MODEL型と呼ばれる分業体制が主流となっています。
(1) マーケティング(リード獲得)
マーケティング部門の役割は、見込み顧客(リード)を獲得することです。
主な活動:
- Web広告・SEO・コンテンツマーケティング
- セミナー・ウェビナーの開催
- ホワイトペーパー・資料ダウンロード施策
- 展示会出展
マーケティング部門が獲得したリードは、インサイドセールスに引き渡されます。リードの質と量が、後続の営業活動に大きく影響します。
(2) インサイドセールス(ナーチャリング)
インサイドセールスとは、非対面(電話・メール・Web会議)で見込み客にアプローチし、リードを育成(ナーチャリング)する営業職です。
主な役割:
- マーケティングから受け取ったリードへの初期アプローチ
- 顧客の課題・ニーズのヒアリング
- BANT情報(予算・決裁権・ニーズ・時期)の確認
- 成約見込みの高い顧客をフィールドセールスに引き渡し
インサイドセールスは、リードを適切に育成し、商談化の可能性が高い状態でフィールドセールスに引き継ぐことで、営業効率を高めます。
(3) フィールドセールス(商談・クロージング)
フィールドセールスとは、対面(またはオンライン商談)で商談を行い、契約クロージングを担当する営業職です。
主な役割:
- インサイドセールスから引き継いだ見込み客との商談
- 顧客課題に対するソリューション提案
- 価格交渉・契約条件の調整
- 契約締結(クロージング)
フィールドセールスは、商談に集中できるため、クロージング率の向上が期待できます。
(4) カスタマーサクセス(継続利用促進)
カスタマーサクセスとは、既存顧客の成功を支援し、継続利用と満足度向上を担う職種です。
主な役割:
- オンボーディング(サービス利用開始の支援)
- 定期的なフォローアップ・利用状況の確認
- 活用方法の提案・トレーニング
- 解約リスクの早期発見・対応
- アップセル・クロスセルの提案
カスタマーサクセスは、SaaSビジネス成功の鍵を握る部門と言われています。顧客が確実にサービスを活用できるよう支援することで、解約を防ぎ、追加契約につなげます。
THE MODELの起源: THE MODELは、元々セールスフォース・ドットコム(現Salesforce)が活用していた営業モデルです。日本では、福田康隆氏の著書『THE MODEL』(2019年)で広く知られるようになりました。
4. SaaSセールスの実践的な業務プロセス
実際のSaaSセールスの業務プロセスを見ていきましょう。
(1) 顧客課題の発見とヒアリング手法
SaaSセールスでは、顧客の課題を正確に把握することが重要です。
効果的なヒアリングのポイント:
- 現状の業務プロセスと課題を具体的に聞く
- 課題による損失(時間、コスト、機会損失)を明確にする
- 理想の状態と現状のギャップを可視化する
- 解決策に対する優先度・緊急度を確認する
ヒアリングで得た情報は、提案内容のカスタマイズや、カスタマーサクセスへの引き継ぎに活用します。
(2) ストーリーテリングによる提案
顧客成功事例を活用したストーリーテリングは、SaaS営業において効果的な手法とされています。
研究に基づくストーリーテリングの効果: ハーバード・ビジネススクールの研究によると、顧客ストーリーを語ることが感情的な購買決定に最も効果的とされています。また、スタンフォード大学の脳科学研究では、ストーリーは単なる事実・数字より22倍記憶に残るという結果が報告されています。
ストーリーテリングの構成例:
- 顧客が抱えていた課題(Before)
- 自社サービスをどのように活用したか(取り組み)
- どのような成果が出たか(After)
- 顧客の声・感想
同業種・同規模の成功事例があれば、見込み客にとって自社での活用イメージがつきやすくなります。
(3) オンボーディングからアップセルまで
オンボーディングとは、新規顧客がサービスを円滑に利用開始できるよう支援するプロセスです。
オンボーディングの重要性:
- 初期段階での成功体験が、継続利用につながる
- 使いこなせないまま解約するケースを防ぐ
- 顧客との信頼関係を構築する
アップセル・クロスセルへの展開: 顧客がサービスを十分に活用し、効果を実感している段階で、以下の提案が可能になります。
- アップセル:上位プランへの移行
- クロスセル:関連サービス・機能の追加
カスタマーサクセスが顧客の利用状況を把握し、適切なタイミングで提案することが重要です。
5. 成功のための重要指標とスキル開発
SaaSセールスの成功に必要な指標管理とスキルについて解説します。
(1) MRR・ARR・CAC・LTVの管理
SaaSビジネスでは、以下の指標を継続的に管理することが重要です。
| 指標 | 正式名称 | 意味 |
|---|---|---|
| MRR | Monthly Recurring Revenue | 月次経常収益 |
| ARR | Annual Recurring Revenue | 年次経常収益(MRR × 12) |
| CAC | Customer Acquisition Cost | 顧客獲得単価 |
| LTV | Life Time Value | 顧客生涯価値 |
| チャーン率 | Churn Rate | 解約率 |
LTV/CAC比率の目安: LTV ÷ CAC = 3以上が健全な目安とされています。これは、顧客獲得にかかったコストの3倍以上の収益を、その顧客から得られることを意味します。
(2) 必要なスキルセットと習得方法
SaaSセールスに求められるスキルは多岐にわたります。
必要なスキル:
- ヒアリング力: 顧客の課題を正確に把握する
- 課題発見力: 表面的なニーズの背景にある本質的な課題を見つける
- プロダクト理解: 自社サービスの機能・価値を深く理解する
- データ分析力: 顧客の利用状況・成果を数値で把握する
- 長期的な関係構築力: 継続的な信頼関係を築く
スキル習得のポイント:
- 商談の録画・振り返りによる改善
- 成功している先輩・同僚のロールプレイング
- 顧客フィードバックの収集と分析
- プロダクト知識のアップデート(機能追加・改善の把握)
(3) キャリアパスと成長戦略
SaaSセールスには、多様なキャリアパスがあります。
代表的なキャリアパス:
- インサイドセールス → フィールドセールス → セールスマネージャー
- フィールドセールス → カスタマーサクセス → CSマネージャー
- 営業 → 事業開発・アライアンス
- 営業 → プリセールス・セールスエンジニア
SaaS業界はリモートワーク導入率が高く、ワークライフバランスが取りやすい環境とされています。市場成長に伴い、人材需要も高まっています。
6. まとめ:持続的成長を実現するSaaSセールス戦略
SaaSセールスは、従来の「売って終わり」の営業とは異なり、継続的な顧客関係構築とLTV最大化が求められる営業スタイルです。THE MODEL型の分業体制により、マーケティングからカスタマーサクセスまで、顧客のライフサイクル全体をカバーすることが重要です。
SaaSセールス成功のポイント:
- 顧客の課題を深く理解し、継続的な価値提供を意識する
- THE MODEL型組織の役割分担と連携を理解する
- LTV、チャーン率などの重要指標を継続的に管理する
- ストーリーテリングで顧客成功事例を効果的に伝える
- カスタマーサクセスと連携し、解約防止とアップセルにつなげる
今後のアクション:
- 自社のSaaS営業プロセスを確認し、改善点を洗い出す
- 重要指標(MRR、LTV、チャーン率など)の現状を把握する
- 顧客成功事例を収集し、ストーリーとして整理する
- 部門間の連携(インサイドセールス⇔フィールドセールス⇔カスタマーサクセス)を強化する
国内SaaS市場は今後も成長が予測されており、SaaSセールスのスキルは今後ますます重要になるでしょう。継続的な学習と実践を通じて、成果を上げられる営業スタイルを確立していきましょう。
※この記事は2024年時点の情報に基づいています。市場規模や成長予測は調査機関・調査時点により数値が異なる場合があります。
よくある質問:
Q: SaaSセールスと一般営業の違いは何? A: 一般営業は「売って終わり」の買い切り型が中心ですが、SaaSセールスは継続的な関係構築とLTV(顧客生涯価値)最大化が重要です。サブスクリプションモデルのため、解約(チャーン)を防ぎ、顧客が継続的に価値を感じられるようカスタマーサクセスへの投資が欠かせません。
Q: THE MODELとは何?なぜ重要? A: THE MODELとは、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの4部門に分業する営業モデルです。元々セールスフォース・ドットコムが提唱し、効率的な営業体制を実現できます。各部門が専門性を発揮し、連携することで顧客のライフサイクル全体をカバーします。
Q: SaaSセールスに必要なスキルは? A: ヒアリング力、課題発見力、プロダクト理解、データ分析力、長期的な関係構築力が必要です。また、顧客成功事例を活用したストーリーテリング能力も効果的な武器となります。継続的な学習とフィードバックの活用でスキルを磨くことが重要です。
