なぜHR Tech KPIの設計だけでは成果が出ないのか
HR Tech KPIで成功するには、設計だけでなく運用改善サイクルと経営指標への連携まで含めて初めて人事施策の成果を可視化・改善できます。
IMARC Groupの調査によると、日本のHRテック市場規模は2024年の20億ドルから2033年には39億ドルへ成長すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は6.94%に達するとされています。HR Techの導入が加速する中、多くの企業がKPIを設定していますが、それが成果につながっているかは別の問題です。
厚生労働省によると、2024年の有効求人倍率は平均で1.29倍であり、コロナ前ピークの2019年(1.60倍)より低いものの、依然として人手不足の状況が続いています。人材確保が経営課題となる中、HR Techへの投資効果を可視化する必要性は高まる一方です。
この記事で分かること
- HR Tech KPIの基本構造(KGI・KRI・KAI)と設計フレームワーク
- 採用・育成・評価・エンゲージメント領域の主要KPI一覧
- KPI設計でよくある失敗パターンと対策
- 運用改善サイクルと経営指標との連携方法
- 経営層への報告に使えるKPI設計のポイント
「KPIを設定すれば効果測定ができる」という考え方は誤りです。数字を追うだけで改善アクションに繋がらない、あるいは人事KPIが経営指標と連動していないため施策の価値を経営層に説明できないというケースが多く見られます。本記事では、設計で終わらせず成果につなげる方法を解説します。
HR Tech KPIの基本構造|KGI・KRI・KAIの階層設計
HR Tech KPIは、KGI→KRI→KAIの3レイヤー構造で設計することで、行動から成果までの因果関係を整理できます。この構造を理解することがKPI設計の第一歩です。
KGI(Key Goal Indicator) とは、最終成果を測る指標を指します。離職率、従業員一人当たり売上高、人的資本ROIなど経営目標に直結する数値がKGIに該当します。
KRI(Key Result Indicator) とは、KGIのトリガーとなる中間結果指標です。エンゲージメントスコア、1on1実施率、研修受講率などが代表的なKRIです。
KAI(Key Action Indicator) とは、具体的な行動を測る活動指標です。面談実施数、フィードバック件数、求人票公開数など、日々の活動を数値化したものがKAIに該当します。
KPIの数は3〜5個に絞ることが推奨されます。多すぎると優先順位が不明瞭になり、運用が形骸化するリスクがあるためです。
KGI・KRI・KAIの関係性とKPIツリーの考え方
KPIツリー とは、KGIから下位のプロセス指標へ論理的に分解した階層構造です。採用数→応募数→書類通過率→面接通過率のように、最終成果から逆算して必要なアクションを可視化できます。
(例)離職率改善のKPIツリー
- KGI: 離職率を前年比2ポイント改善
- KRI: エンゲージメントスコア10ポイント向上
- KAI: 1on1面談を月1回以上実施(実施率90%以上)
※実際の設定値は企業規模・業種により異なります
このように3レイヤーで設計すると、「行動(KAI)→結果(KRI)→成果(KGI)」の因果関係が整理しやすくなります。
HR Tech領域別の主要KPI一覧|採用・育成・評価・エンゲージメント
HR Techで設定すべきKPIは、採用・育成・評価・エンゲージメントの4領域に大別されます。それぞれの領域で適切なKPIを設定することで、人事施策全体の効果を可視化できます。
【比較表】HR Tech領域別 主要KPI一覧表
| 領域 | KPI項目 | 分類 | 計算式・定義 |
|---|---|---|---|
| 採用 | 採用数 | KGI | 期間内の入社確定者数 |
| 採用 | 採用単価 | KRI | 採用コスト総額÷採用数 |
| 採用 | 応募者数 | KAI | 求人への総応募数 |
| 採用 | 書類通過率 | KRI | 書類通過数÷応募数×100 |
| 採用 | 内定承諾率 | KRI | 内定承諾数÷内定数×100 |
| 採用 | 入社後1年離職率 | KGI | 1年以内離職者数÷入社数×100 |
| 育成 | 研修受講率 | KAI | 受講者数÷対象者数×100 |
| 育成 | 研修満足度 | KRI | 研修アンケートの平均スコア |
| 育成 | スキル習得率 | KRI | スキル認定合格者数÷受講者数×100 |
| 評価 | 評価完了率 | KAI | 期限内評価完了数÷対象者数×100 |
| 評価 | 目標達成率 | KGI | 目標達成者数÷対象者数×100 |
| エンゲージメント | eNPS | KGI | 推奨者割合−批判者割合 |
| エンゲージメント | エンゲージメントスコア | KRI | サーベイの総合スコア |
| エンゲージメント | 1on1実施率 | KAI | 1on1実施数÷対象組数×100 |
| エンゲージメント | 離職率 | KGI | 離職者数÷期首人員数×100 |
厚生労働省の雇用動向調査によると、企業全体の離職率(常用労働者)は2022年で14.6%とされています。また、新規学卒就職者の3年以内離職率は2019年卒で32.8%という結果が報告されています(厚生労働省)。ただし、業種により大きく異なり、宿泊業・飲食サービス業で高く製造業で低い傾向があるため、業界平均を鵜呑みにせず、自社の過去推移との比較を主軸にすべきです。
採用KPIの設計ポイント
採用KPIは「数」だけでなく、入社後1年離職率など定着指標までセットで設計することが重要です。応募数や採用数のみをKPIにすると、数を追うあまり質が下がり、早期離職が増えるリスクがあります。
厚生労働省の雇用動向調査によると、転職入職率は2023年で5.3%とされており、転職は増加傾向にあることから採用競争が続いています。この環境下では、「採用できたか」だけでなく「定着したか」まで追跡することが、採用投資の成果を正しく評価する鍵となります。
エンゲージメント・定着KPIの設計ポイント
エンゲージメント領域では、eNPS(Employee Net Promoter Score) が代表的な指標です。従業員が自社を他者に推奨する度合いを測る指標で、エンゲージメント測定に広く使用されています。
エンゲージメントスコアやeNPSについては、「業界平均」と比較しようとするケースがありますが、調査手法が異なるため単純比較は困難です。同じ調査手法で継続測定し、自社の推移を見ることが推奨されます。絶対値ではなく変化のトレンドに着目すべきです。
HR Tech KPI設計でよくある失敗パターンと対策
HR Tech KPI設計の最も多い失敗は、KPIを設定するだけで満足し、改善アクションに繋げられないケースです。この失敗パターンを理解し、対策を講じることが成功への第一歩です。
よくある失敗パターン:数字を追うだけで改善に繋がらない
「HR Techを導入すれば自動的にKPI管理ができる」という誤解がありますが、ツールはあくまで計測手段です。どのKPIを設定し、どう改善するかは別途設計・運用が必要です。
また、応募数・採用数のみをKPIにすると、数を追うあまり採用の質が下がり、早期離職が増えるリスクがあります。KPIは単独ではなく、関連指標とセットで設計することが重要です。
よくある失敗パターン:経営指標と連動していない
人事KPIが経営指標と連動していないと、施策の価値を経営層に説明できません。離職率が改善しても、それが売上や利益にどう貢献するのかを示せなければ、人事施策への投資は理解を得にくくなります。
対策
- KPIは3〜5個に絞り、優先順位を明確にする
- 量(応募数)と質(定着率)の両面をセットで追跡する
- 人的資本ROIなど経営指標との紐付けを設計段階で行う
- 週次・月次でKPIレビューを行い、改善アクションを決める
HR Tech KPIの運用改善サイクルと経営指標との連携
KPI設計後に重要なのは、運用改善サイクル(PDCA)を回すことと、人事KPIを経営指標に連携させることです。この2つができて初めて、HR Tech投資の成果を可視化・改善できます。
人的資本ROI(HCROI) とは、人材投資の収益性を測る指標です。計算式は「(売上高−(売上原価−人件費))÷人件費」で算出します。経営層への報告・説明に使える指標として注目されています。
2026年に向けて人的資本開示義務化の動きがあり、ISO 30414準拠のKPI開示ニーズが高まっています。特に上場企業では、投資家向けに人的資本情報を開示する流れが進んでいます。
【チェックリスト】HR Tech KPI設計チェックリスト
- KGI(最終成果指標)が経営目標と連動している
- KRI(中間結果指標)がKGIのトリガーとして設定されている
- KAI(活動指標)が現場で計測可能な項目になっている
- KPIの数が3〜5個に絞られている
- 各KPIの計算式・定義が明文化されている
- KPIの計測に必要なデータがHR Techツールから取得できる
- 量の指標(応募数等)と質の指標(定着率等)がセットになっている
- 経営層向けレポートのフォーマットが決まっている
- 週次・月次のKPIレビューミーティングがカレンダーに登録されている
- KPI未達時の改善アクションプランが決まっている
- 人的資本ROI(HCROI)の計算式が定義されている
- 人的資本開示(ISO 30414等)への対応方針が検討されている
- マーケ・営業など他部門のKPIとの整合性が確認されている
- KPIの見直しサイクル(四半期ごと等)が決まっている
- 運用責任者が明確にアサインされている
経営層への報告・説明に使えるKPI設計
経営層が見たいのは、人事施策が事業にどう貢献しているかです。そのためには、人事KPIと経営指標を紐付けて報告することが重要です。
経営層向けに有効な指標の例としては、以下があります。
- 人件費効率: 売上高÷人件費、または人件費率(人件費÷売上高)
- 採用コスト: 採用単価、1人あたり採用コストの推移
- 人的資本ROI: (売上高−(売上原価−人件費))÷人件費
- 従業員一人当たり売上高: 売上高÷従業員数
これらの指標と、離職率やエンゲージメントスコアなどの人事KPIを組み合わせて報告することで、人事施策の価値を経営視点で説明できるようになります。
まとめ|HR Tech KPIは設計から運用・経営連携まで一気通貫で成果につなげる
本記事では、HR Tech KPIの基本構造から、領域別の主要KPI、失敗パターンと対策、運用改善サイクルと経営指標との連携まで解説しました。
重要なポイント
- KPIはKGI→KRI→KAIの3レイヤーで設計し、行動から成果までの因果関係を整理する
- KPIは3〜5個に絞り、量と質の両面をセットで追跡する
- 離職率などの業界平均は参考程度にとどめ、自社の過去推移との比較を主軸にする
- 人的資本ROIなど経営指標との紐付けを設計段階で行い、経営層への報告に活用する
- 週次・月次でKPIレビューを行い、改善アクションに繋げる
IMARC Groupの調査では、日本のHRテック市場は2033年に39億ドル規模に成長すると予測されています。HR Techへの投資が増える中、KPI設計・運用力が企業の競争優位につながります。
HR Tech KPIは設計だけでなく、運用改善サイクルと経営指標への連携まで含めて初めて人事施策の成果を可視化・改善できます。本記事のチェックリストを活用し、自社のKPI設計状況を確認してみてください。設計から実装・運用まで一貫した支援が必要な場合は、専門家への相談も有効な選択肢です。
