SaaS ARRとは?計算方法から成長戦略まで徹底解説

著者: B2Bデジタルプロダクト実践ガイド編集部公開日: 2025/12/21

SaaSビジネスの成長を測る指標、正しく理解できていますか?

B2B SaaS企業の経営者や事業責任者にとって、ビジネスの健全性と成長性を測る指標の把握は極めて重要です。特に「ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)」は、投資家や金融機関が企業価値を評価する際に重視する主要指標であり、資金調達時のバリュエーション算定にも直接影響します。

しかし、ARRの計算方法や、含めるべき収益・含めないべき収益の判断、MRRやLTVなど関連指標との違いを正確に理解できているでしょうか。また、ARRを成長させるための具体的な施策や、自社のARRが業界水準と比べてどの位置にあるのかを把握することも重要です。

この記事では、ARRの基本的な定義から正確な計算方法、成長戦略、2025年の業界ベンチマークまで、B2B SaaS企業の実務で役立つ情報を体系的に解説します。

この記事のポイント:

  • ARRはサブスクリプションビジネスで毎年継続的に得られる収益を示す指標で、投資家評価・資金調達に直結
  • ARR = MRR × 12が基本計算式だが、初期費用・コンサル費用など一時的収益は含めない
  • ARR改善には4つのMRR要素(New/Expansion/Churn/Downgrade MRR)を個別に分析・改善
  • 2025年ベンチマーク:median SaaS企業は年間30%成長、$1M ARR未満のスタートアップは300% YoY成長達成
  • EV/ARR multipleは中央値で約6倍(2025年)。ARRはバリュエーション算定の主要指標

1. SaaSビジネスでARRが重要な理由:成長測定から資金調達まで

(1) ビジネス成長の測定と将来収益の予測

ARRは、SaaSビジネスの成長を測定する最も基本的な指標です。

ARRが成長測定に適している理由:

  • サブスクリプション収益の継続性を反映
  • 過去の推移から将来の収益成長を予測可能
  • 月々の変動に左右されず、年間を通じた安定性を示す

将来収益予測への活用: ARRを基に、翌年以降の収益を予測できます。例えば、現在のARRが$5Mで、年間成長率が30%であれば、翌年のARRは約$6.5Mと予測できます。この予測をもとに、採用計画や設備投資などの経営判断を行うことが可能です。

(2) 投資家評価と資金調達時のバリュエーション算定

ARRは、投資家や金融機関が企業価値を評価する際の主要指標です。

投資家がARRを重視する理由:

  • 継続的な収益基盤を示す(単発の売上ではない)
  • 成長性と安定性の両方を評価できる
  • 業界標準の指標として比較が容易

バリュエーション算定への影響: SaaS企業のバリュエーション(企業価値)は、一般的に「EV/ARR multiple(企業価値 ÷ ARR)」で算出されます。

2025年のデータによれば、プライベートSaaS企業のバリュエーションmultipleは以下の通りです:

  • 中央値: 約6倍(EV = ARR × 6)
  • ブートストラップ企業: 4.8倍
  • エクイティ支援企業: 5.3倍

例えば、ARRが$10Mの企業の場合、企業価値は約$60M(6倍)と算定されることが一般的です。

(3) 費用管理とキャッシュフロー予測への活用

ARRは、費用管理とキャッシュフロー予測にも活用できます。

費用管理への活用:

  • ARRの成長率に合わせて採用・マーケティング費用を計画
  • ARR per employee(従業員あたりARR)で効率性を測定
  • 過剰投資を防ぎ、持続可能な成長を実現

キャッシュフロー予測: ARRは予測指標であり、実際の入金タイミングとは異なる点に注意が必要です。契約の途中解約や支払い遅延は反映されないため、キャッシュフロー管理には別途、入金ベースの指標も併用することが推奨されます。

2. ARRの基礎知識:定義・計算方法・関連指標との違い

(1) ARR(年間経常収益)とは:サブスクリプションビジネスの主要指標

ARR(Annual Recurring Revenue)とは、サブスクリプションビジネスで毎年継続的に得られる収益を示す指標です。

ARRの定義:

年間ベースで正規化された、契約による経常収益の価値。顧客との長期契約から得られる予測可能な収益を表す。

ARRの特徴:

  • 経常的: 毎年継続的に得られる収益のみを対象
  • 予測可能: 契約に基づいているため将来収益を予測しやすい
  • 年間ベース: 月次や四半期ではなく、年間での収益を示す

(2) ARRとMRRの違い:月次 vs 年次、BtoC vs BtoB

ARRとMRR(Monthly Recurring Revenue:月次経常収益)は、どちらもサブスクリプションビジネスの重要指標ですが、用途が異なります。

MRR(月次経常収益):

  • 定義: 毎月継続的に得られる収益
  • 計算単位: 1ヶ月
  • 適したビジネス: 短期契約が多いBtoCビジネス、月次でビジネスを管理したい企業
  • メリット: 月々の変化を細かく追跡できる

ARR(年間経常収益):

  • 定義: 毎年継続的に得られる収益
  • 計算単位: 1年
  • 適したビジネス: 半年〜1年以上の長期契約が多いBtoBビジネス
  • メリット: 年間を通じた安定性を示し、投資家評価に適している

関係性:

ARR = MRR × 12

使い分けの基準:

  • 長期契約が基本のBtoB SaaS: ARRを主要指標とする
  • 月次契約が多いBtoC SaaS: MRRを主要指標とする
  • 両方を併用: 月次でMRRを追跡し、年次でARRを評価

(3) ARRの基本計算式:ARR = MRR × 12

最もシンプルなARRの計算式は以下の通りです。

ARR = MRR × 12

計算例:

  • 現在のMRR = $100,000
  • ARR = $100,000 × 12 = $1,200,000($1.2M)

注意点: この計算式は、MRRが安定している場合に有効です。月々の収益に大きな変動がある場合は、正確なARRを算出できないため、MRRが安定したタイミングで算出することが推奨されます。

より詳細な計算方法: ARRは、4つのMRR要素を用いて以下のように計算することもできます。

ARR = (New MRR + Expansion MRR - Churn MRR - Downgrade MRR) × 12

この計算方法については、後述の「ARR成長の実践戦略」で詳しく解説します。

3. ARRの正確な計算方法:含めるべき収益と含めないべき収益

(1) ARRに含めるべき収益:経常的なサブスクリプション収益

ARRには、経常的に得られるサブスクリプション収益のみを含めます。

含めるべき収益:

  • 月額料金: 基本的なサブスクリプション料金
  • 年額料金: 年間契約の料金(月額換算して計算)
  • 定額制の追加機能: 毎月または毎年継続的に課金される機能
  • ユーザー単位の課金: 継続的に利用されるユーザーライセンス料金

計算例:

  • 基本プラン: $100/月 × 100社 = $10,000/月
  • プレミアムプラン: $300/月 × 50社 = $15,000/月
  • MRR = $25,000
  • ARR = $25,000 × 12 = $300,000

(2) ARRに含めないべき収益:初期費用・コンサル費用など一時的収益

ARRには、一時的・非経常的な収益を含めません。

含めないべき収益:

  • サインアップフィー: 初回契約時の登録料
  • 初期導入費用: セットアップ費用、カスタマイズ費用
  • コンサルティング費用: 導入支援、トレーニング費用
  • 一時的な追加購入: 単発で発生する追加機能購入
  • 従量課金: 使用量に応じて変動する料金(継続性が不確実)

理由: これらの収益は継続性がなく、将来の予測可能性を示すARRの定義に合致しないためです。

(3) 損益計算書上の売上高とARRの差異に注意

ARRは、損益計算書上の売上高とは異なる指標です。

主な差異:

  • ARR: 契約ベースの予測収益(年間正規化)
  • 売上高: 実際に認識した収益(会計基準に従う)

差異が生じる理由:

  1. ARRには初期費用・コンサル費用を含めないが、売上高には含まれる
  2. ARRは年間正規化するが、売上高は実際の認識タイミングに基づく
  3. 契約の途中解約や支払い遅延がARRに即座に反映されない場合がある

実務での注意点:

  • ARRは投資家向けの指標として使用
  • 損益計算書上の売上高は会計報告に使用
  • 両方を適切に管理し、差異を理解することが重要

4. ARR成長の実践戦略:4つのMRR要素を改善する

ARRを成長させるには、4つのMRR要素を個別に分析・改善することが重要です。

(1) New MRR増加:新規顧客獲得の強化

New MRRとは、当月の新規顧客から得られるMRRです。

New MRR増加の施策:

  • マーケティング強化: コンテンツマーケティング、SEO、広告投資
  • セールス強化: 営業チーム拡大、セールスプロセス改善
  • 無料トライアルの最適化: トライアル期間、機能制限、オンボーディング改善
  • リファラルプログラム: 既存顧客からの紹介促進

計算例:

  • 当月の新規顧客10社 × $500/月 = New MRR $5,000

(2) Expansion MRR増加:既存顧客へのアップセル・クロスセル

Expansion MRRとは、既存顧客のアップグレードやクロスセルにより増加したMRRです。

Expansion MRR増加の施策:

  • プラン階層の設計: 上位プランへの移行を促す機能設計
  • カスタマーサクセス強化: 顧客の成功を支援し、利用拡大を促進
  • アップセルの提案: データ分析に基づく適切なタイミングでの提案
  • クロスセル: 関連する追加機能・サービスの提供

計算例:

  • 既存顧客5社が$300/月から$500/月にアップグレード
  • Expansion MRR = ($500 - $300) × 5社 = $1,000

(3) Churn MRR削減:解約防止策の実施

Churn MRRとは、解約した顧客から得ていたMRR(損失)です。

Churn MRR削減の施策:

  • 顧客満足度調査: 定期的なフィードバック収集と改善
  • 早期警戒システム: 解約リスクの高い顧客を特定(利用頻度低下、サポート問い合わせ増加等)
  • リテンションオファー: 解約前の特別オファー、プラン変更提案
  • オンボーディング改善: 初期定着率を高める

計算例:

  • 当月の解約顧客3社 × $500/月 = Churn MRR $1,500(損失)

(4) Downgrade MRR削減:ダウングレード防止策の実施

Downgrade MRRとは、既存顧客のダウングレードにより減少したMRR(損失)です。

Downgrade MRR削減の施策:

  • 価値提供の明確化: 上位プランの価値を定期的に伝える
  • 柔軟な料金プラン: 顧客の状況に応じた一時的な調整
  • 顧客ニーズの理解: ダウングレード理由を分析し、製品改善に反映

計算例:

  • 既存顧客2社が$500/月から$300/月にダウングレード
  • Downgrade MRR = ($500 - $300) × 2社 = $400(損失)

4つの要素を統合したARR計算:

当月のMRR変化 = New MRR + Expansion MRR - Churn MRR - Downgrade MRR
            = $5,000 + $1,000 - $1,500 - $400
            = $4,100

翌月のARR = (前月のMRR + 当月のMRR変化) × 12

5. ARRのベンチマークと目標設定:2025年業界データから学ぶ

(1) ARR帯別の成長率ベンチマーク($1M未満は300% YoY、median企業は30%成長)

2025年のSaaS業界ベンチマーク(800社以上のデータに基づく)によれば、ARR帯別の成長率は以下の通りです。

ARR帯別の成長率(YoY:前年比):

ARR帯 中央値(Median) トップ四分位
$1M未満 150% 300%
$1M-$5M 50% 100%
$5M-$20M 40% 80%
$20M以上 30% 60-70%

重要なポイント:

  • $1M ARR未満のスタートアップは、トップ四分位で300% YoY成長を達成(2023年: 150%、2024年: 250%から上昇)
  • ARRが増加するにつれて成長率は低下するが、median SaaS企業でも年間30%成長を維持
  • トップ四分位企業は、中央値の2倍近い成長率を達成

目標設定の参考:

  • 自社のARR帯に応じたベンチマークを参照
  • 中央値を最低目標、トップ四分位を理想目標として設定
  • 過去の成長率と比較し、現実的な目標を策定

(2) バリュエーションmultiple(EV/ARR中央値6倍)

2025年のSaaS企業のバリュエーションmultipleは以下の通りです。

EV/ARR multiple(企業価値 ÷ ARR):

  • 全体の中央値: 約6倍
  • ブートストラップ企業: 4.8倍
  • エクイティ支援企業: 5.3倍

バリュエーションへの影響要因:

  • 成長率が高いほどmultipleも高くなる傾向
  • 収益性(Gross margin、営業利益率)も評価に影響
  • 顧客基盤の安定性(Churn率の低さ)

実務での活用: 資金調達を検討している場合、自社のARRにmultipleを掛けることで、おおよその企業価値を算出できます。

例:ARR $10M × 6倍 = 企業価値 $60M

(3) 効率性指標(ARR per employee等)と2025年トレンド

効率性を測る指標として、ARR per employee(従業員あたりARR)が使われます。

$1-5M ARR帯の企業(2025年ベンチマーク):

  • 従業員数の中央値: 22名
  • ARR per employee(中央値): $136K
  • ARR per employee(トップ四分位): $200K

2025年のトレンド:

  1. AI関連コストの増加: AIツールの導入によりGross marginが前年比10pt近く圧縮されている企業も見られる
  2. 効率性重視: 単なるARR成長だけでなく、収益性と効率性の両立が重視される
  3. リモートワークの定着: 採用コストが低減し、ARR per employeeの向上に寄与

注意点: これらのベンチマークは調査時点の情報であり、市場環境により変動します。最新情報は業界レポートや調査会社のデータをご確認ください。

6. まとめ:ARR管理で実現する持続的成長

ARR(年間経常収益)は、サブスクリプションビジネスで毎年継続的に得られる収益を示す指標であり、投資家評価・資金調達時のバリュエーション算定に直結する重要指標です。ARR = MRR × 12が基本計算式ですが、初期費用・コンサルティング費用など一時的収益は含めず、経常的なサブスクリプション収益のみを対象とします。

ARR成長には、4つのMRR要素(New MRR、Expansion MRR、Churn MRR、Downgrade MRR)を個別に分析・改善することが重要です。新規顧客獲得、既存顧客へのアップセル、解約防止、ダウングレード防止の各施策を組み合わせることで、持続的なARR成長を実現できます。

2025年のベンチマークでは、median SaaS企業は年間30%成長、$1M ARR未満のスタートアップは300% YoY成長を達成しています。自社のARR帯に応じたベンチマークを参照し、現実的かつ挑戦的な目標を設定しましょう。

次のアクション:

  • 自社のARRを正確に計算する(初期費用・コンサル費用を除外)
  • 4つのMRR要素(New/Expansion/Churn/Downgrade MRR)を月次で追跡する
  • 自社のARR帯に応じたベンチマークと比較し、成長率の目標を設定
  • ARR per employee(従業員あたりARR)で効率性を測定
  • 資金調達を検討している場合、EV/ARR multipleを用いてバリュエーションを試算
  • 定期的に業界レポートをチェックし、最新のベンチマークデータを確認

ARRを正確に管理し、継続的に改善することで、SaaSビジネスの持続的成長と企業価値向上を実現できます。

よくある質問

Q1ARRとMRRの違いは何か?

A1MRRは月次経常収益(1ヶ月単位)、ARRは年間経常収益(1年単位)で、ARR = MRR × 12の関係です。MRRは短期契約が多いBtoCビジネス向け、ARRは半年〜1年以上の長期契約が多いBtoBビジネス向けの指標です。長期契約が基本のBtoB SaaSではARRを主要指標とすることが一般的です。

Q2ARRの計算に含めてはいけない収益は何か?

A2サインアップフィー、初期導入費用、コンサルティング費用など、一時的・非経常的な収益は含めません。ARRはあくまで継続的に得られる経常的なサブスクリプション収益のみを対象とします。これにより、将来の予測可能な収益を正確に示すことができます。

Q3なぜARRがSaaS企業にとって重要なのか?

A3ARRはビジネス成長の測定、将来収益の予測、投資家評価、資金調達時のバリュエーション算定に使用されるためです。2025年のデータでは、SaaS企業のバリュエーションはEV/ARR multiple(中央値約6倍)で算出されており、ARRが企業価値に直接影響します。

Q4ARRはどのように改善できるか?

A44つのMRR要素を改善します:①新規顧客獲得(New MRR増加)、②既存顧客のアップセル・クロスセル(Expansion MRR増加)、③解約防止(Churn MRR削減)、④ダウングレード防止(Downgrade MRR削減)。これらを個別に分析し、それぞれに適した施策を実施することで、持続的なARR成長を実現できます。

Q5SaaS企業のARR成長率のベンチマークは?

A52025年のベンチマーク(800社以上)では、median SaaS企業は年間30%成長、$1M ARR未満のスタートアップはトップ四分位で300% YoY成長を達成しています。ARRが増加するにつれて成長率は低下しますが、自社のARR帯に応じたベンチマークを参照して目標設定することが重要です。

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B2Bデジタルプロダクト実践ガイド編集部

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